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林間学校の定番だった高野山 [なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(57)]

No.4761 (2015年07月25日発行) P.75

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-02-15

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  • 昔の大阪の小学校、林間学校の行き先は、真言宗の総本山がある高野山が定番であった。最近は、宗教に関係する場所はダメということで、違うところへ行くらしい。涼しいだけでなく、世界遺産でもあるのに、ちょっともったいない気がする。

    生まれて初めての団体でのお泊まり。宿坊での生活や真っ暗な中での肝試しなど、本当によく覚えている。なかでも面白かったのは奥の院へのお参りだ。

    弘法大師は、いまも奥の院で生きているとされており、毎日食事が奉じられている。その御廟まで2キロほどの小径は、杉の老木に覆われ、お墓や供養塔がびっしりと並んでいる。そんなもん退屈やろうと思われるかもしれないが、そうでもないのだ。

    上杉謙信の御廟と武田信玄の墓が参道をはさんだ位置にあって、いまだに睨み合っているようで、とか説明を聞いて歩くのは子供心にも楽しいものだった。しかし、何と言ってもいちばん心に残っているのは、明智光秀の墓。五輪塔なのであるが、丸い石に大きな亀裂が入っている。

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