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ヴィトリオ・エルスパーメル(Naturalistとしての一代記)[エッセイ]

No.5088 (2021年10月30日発行) P.64

植村富彦 (多摩病院)

登録日: 2021-10-31

最終更新日: 2021-10-28

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わが敬愛するヴィトリオ・エルスパーメル(Vittorio Erspamer、1909~1999)はエンテラミン(セロトニン、5-HT)の発見者で、種々の生物活性のあるペプチドの発見者。あたかも彼の同国人クリストファー・コロンブス(Christopher Colombus、Genova生まれ)とアメリゴ・ヴェスプッチ(Amerigo Vespucchi、Firenze生まれ)が約500年前に到達・発見した未知の大陸(アメリゴの名をとったアメリカ、コロンブスがインドに到着したと思ったのを、新大陸だと主張した)と同様に、生物活性アミンとペプチドを発見して、生物、人体に重要な生理活性物質の開発研究されるべき分野(大陸)に至り切り開き、生物、医学に大いに貢献した1)。ここに、エルスパーメル先生の略歴と興味ある重要な発見を簡単に紹介する。なお、エルスパーメル先生と前回、本欄で紹介したリタ・レーヴィ=モンタルチーニ(Rita Levi-Montalcini)(No.4939、2018/12/22)とは同年の生まれである。


エルスパーメル先生は、Bolzanoというオーストリア国境に近いTrentoの片田舎Maloscoで1909年7月30日に生まれた。なお、BolzanoはLuchino Viscontiの映画「夏の嵐」〈原題はSenso(官能)〉の舞台になった。Collegio Ghislieri(Golgiも学んだPavia’s élite undergraduate institution)で学び1935年卒業後、1936年、比較解剖生理学部門で講師として教鞭をとった後、1938年、Roma大学薬理学助教授に着任。この間、短期ではあるが、Berlin、Bonnにて研究。1947年、Bari(南イタリア、Pugliaの首都)大学薬理学教授に着任。1955年、Parma大学薬理学教授に着任。1967年、Roma大学薬理学研究所(Farmacologia Medica)教授に着任後、他界されるまで第一線で研究された。

前期の研究:エンテラミン(後のセロトニン、5-hydroxytryptamine)の発見

腸のEC(Enterochromaffin cell)、クロム親和性細胞中の血圧に影響する物質を1933年に共同研究者M. Vialliと取り出し、一種のアミンであることから「腸のアミン」エンテラミンと命名した。1946年、エンテラミンはおそらく5-HT類似のインドールアルキルアミンであるとの見解を述べた。一方1948年、米国のIrvine H. Pageが独自に血清から5-HTを分離し、セロトニンと命名しエンテラミンとセロトニンは両者ともに5-hydroxytryptamineであることを確認・発表した。ここに、セロトニンの本態は5-HTとなり、その命名者はIH. Pageであるが、その発見者となるとやはりエンテラミンと命名したV. Erspamerではないかと思われる。

5-HTは腸のEC cellに多く含まれており、免疫組織化学的に5-HT抗体を用いて美しく染色される2)。一方1963年、既に脳にも5-HTの合成酵素の存在が報告されており、脳内にも少量存在する5-HTは、neurotransmitterとして機能しており、精神疾患との関連が盛んに研究されるようになった。なお、5-HTはblood-brain barrierを通らないので、脳内の5-HTは、脳内でトリプトファンから生合成されたものである。脳科学辞典によると、現在脳には7 family、14種ものsubtype 5-HT受容体の存在が報告されている3)。その中の数種(特に5-HT1A、 5-HT2A、5-HT7など)は統合失調症の病態に深く関連している。

後期の研究:生物活性ペプチドの分離・同定

エンテラミンは胃腸のみならずOctopus(タコ)の唾液腺とMurex(ホネガイ)など無脊椎動物にも存在する。また、植物界にも存在する。カエルの皮膚は特にbiogenic aminesを多量に含んでおり、エルスパーメル先生の興味は主にカエルの皮膚に向かった。

以下、タコの唾液腺からのペプチドの分離は1点のみであるが、それも含めカエルの皮膚から分離・同定され、現在も医学分野で応用されているペプチドを数点紹介する(なお、括弧内の数字はアミノ酸残基の数を示す)4)

①エレドイシン(Eledoisin)(11):1949年、地中海産タコ(Eledone moschiata)の後部唾液腺より発見。強い血圧下降作用を持つ。14年後の1963年に化学構造決定。

②フィサレミン(Physalaemin)(11):1964年、南米産カエルの皮膚より単離。血圧下降、平滑筋収縮作用を持つ。

③フィロキニン(Phyllokinin)(11):1966年、米国産の樹上に生息するカエル皮膚より単離。血圧下降作用を持つ。

④セルレイン(Caerurein)(10):1967年、オーストラリア産アマガエルより単離。胆囊、膵臓より胆汁排泄、膵液分泌を促進する。今日、病院において胆囊のX線検査に使用されている。また、このペプチドの誘導体がある種の統合失調症の治療に有効との報告があるが、確認されていない。

⑤ボンベシン(Bombesin)(14):1972年、欧州産カエルの皮膚より単離。体温調節、摂食、摂水に関与。また、ある種の細胞増殖因子として注目を浴びている。

⑥カッシニン(Kassinin)(12):1977年、アフリカ産カエル皮膚より単離。substance P(11)様の作用を示す。なお、substance Pは迷走神経や舌咽神経の知覚枝の頸部神経節で生合成されるが、最近この生合成が少ない(dopamineによる合成促進が減少)と、嚥下反射、咳反射に支障をきたし、誤嚥性肺炎の原因になると報告されている。substance Pの発見(1931年、Gaddumとvon Eulerによりpowder型として分離されたので、P物質と呼ばれた)後、精製、構造決定(Chang and Leeman)までに40年を要している。元々、脳、腸内含量が大変少ない上(1回の実験で100kgの牛脳が必要)、分離精製に用いる樹脂にくっついてカラムからの溶出が難しいためである。なお、substance Pはエレドイシン、フィサレミン、カッシニン同様タヒキニン(Tachykinins)familyに属し、C末端3個のアミノ酸(-Gly-Leu-Met-NH2)は共通であるが、substance Pには塩基性アミノ酸が2個(アルギニンとリジン)入っている。

⑦デルモルフィン(Dermorphin)(7):1981年、南米産カエル皮膚より単離。重要なことは、N末端より2番目のアミノ酸がL型ではなくD型アラニンが入っていることである。自然界で初めてのD型アミノ酸含有small peptideの発見である。D型をL型に変えると生物活性はなくなる。モルヒネの1000倍も強い作用を示す。derma(皮膚)よりとったモルヒネ様作用物質という意味で、デルモルフィンと命名された。後日、ラット、ブタ、ヒヨコの脳、タコの神経系からも見出された。

⑧デルトルフィン(Deltorphin)(7):1989~90年、南米産カエル皮膚より単離。これには現在3種あり、第1のものは、N末端より2番目のアミノ酸がD型メチオニンで、他の2種はD型アラニンである。なお、この名は、デルタ型オピオイド受容体に特異的に働くので、ミュー型オピオイド受容体に働く上記デルモルフィンと区別するため、デルタをその名に組み入れデルトルフィンと命名された。この論文によりエルスパーメル先生は、当時の米国大統領ジョージ・ブッシュ(George Bush)の科学顧問機関の承認により、権威ある米国科学アカデミーの会員に選出・任命された。

なお、フィサレミンとボンベシンに関しては、これらのペプチド類似のものが、ヒトの非常に悪性度の高い肺癌(small cell cancer)に含まれていることが報告され、大変興味を引いている。


以上、重要な興味あるタコ後部唾液腺および数種のカエル皮膚ペプチドを紹介したが、エルスパーメル先生は他にもいろいろな生理活性を持つカエル皮膚ペプチドを分離している。これら一連の研究を通して、エルスパーメル先生のアイデア、「腸-脳-皮膚triangle(三角関係)」が生まれた。実際、最近日本でも「腸は考える」5)や「皮膚は考える」6)、「第三の脳─皮膚から考える命、こころ、世界」7)、「腸と脳」8)などの書籍が出版されている。
エルスパーメル先生の他界後、お墓参りのためにMaloscoに行った際、奥様〔研究者、ジュリアーナ・ファルコニエーリ・エルスパーメル(Professoressa Giuliana Falconieri Erspamer)〕から頂いた哀悼の美しい詩(図1)で稿を終える。

【文献】

1)Pietro Corsi:Fidia Research Foundation Neuro-science Award Lectures vol.2:1986-1987. Raven Press, 1988, p114-6.

2)植村富彦, 他:精神医学の方位─松下正明先生古稀記念論文集. 坂口正道, 他, 編. 中山書店, 2007, p149-59.

3)大野行弘, 他:大阪薬科大紀. 2009;3:79-90.

4)植村富彦:日伊医学協会誌. 1991;13:10-3.

5)藤田恒夫:腸は考える. 岩波新書 新赤版 191. 岩波書店, 1991.

6)傳田光洋:皮膚は考える. 岩波科学ライブラリー 112. 岩波書店, 2005.

7)傳田光洋:第三の脳─皮膚から考える命、こころ、世界. 朝日出版社, 2007.

8)エムラン・メイヤー:腸と脳─体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか. 高橋 洋訳. 紀伊國屋書店, 2018.

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