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“enough is enough”[エッセイ]

No.4711 (2014年08月09日発行) P.70

坂本二哉 (日本心臓病学会初代理事長)

登録日: 2016-09-08

最終更新日: 2017-03-28

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  • 「徒草なるままに」とまではいかないが、それに近い生活を送るようになった。だが日常の情報量は兼好法師の時代とは雲泥の差、誰に向かって言うともなしに、「もう沢山だよ」「もう好い加減にしてよ」「黙れ、この野郎」、関西女性流に言えば「ほんまによう言わんわ」、河内弁だと恐ろしく「あほんだら、ぼけ、どたま、どかち割っとるで」という次第になる。最後のものは極端な日本語表現である。

    だがこんな時、英語では何と言うのかなと思っている矢先、そのものずばり。

    「An­nals of Internal Medicine」の2013年12月号で“Enough is enough:Stop wasting money on vitamin and mineral supple­ments”というEditorialおよび7つの原著論文が見つかった。要は、ビタミンや各種のサプリメントが有害でこそあれ無益、少なくとも健常者や慢性疾患に対して有意義という証拠(エビデンス)が得られないことを力説したものである。

    そのenough is enoughだが、そもそもe­­noughという単語は形容詞、副詞、前置詞でも、ここでは名詞として扱われ、内容を読めば「もう沢山だ、いい加減にしなさい。お金が無駄だよ」という意味だと分かる。だが果たしてどうかと思い、「こんな英語、どんな時に使うの」とアメリカの知人に聞いてみた。「たとえば、隣家でガンガンピアノを弾いている。まあそのうちにと思って我慢していたが、夜になっても鳴りやまない。ついにこちらが切れて隣家に怒鳴り込む。“Enough is enough”ってね」。



    理化学研究所のいわゆるリケジョ、小保方さんのSTAP万能細胞が世間を騒がせている。

    iPS細胞同様、このSTAP細胞のほうにも希望を託した。しかしマスコミは割烹着のほうに注目し、今度は手の平を返すようにインチキだと騒ぐ。TV記者会見ではこちらが切なくなった。けたたましいカメラのシャッター音、女の泣きを見たい、涙を写したいというマスコミの態度が見え見え(実際、ハンカチを頰に当てるとシャッターの大騒音)。酷過ぎる。

    筆者も、心尖部肥大型心筋症の発見ではうそつき呼ばわりされ、「人の言わんことは口にするな」と上司に発表を止められてこっそり論文を書いたりした経験から、小保方さんが限りなく哀れに見えた。それ以後の私は学会発表差し止められ、心筋症研究会は除名された。「小保方さん、頑張れ!」と心の中では祈り、絶対的な真実など分かってたまるかとは思うのだが、形勢は小保方さん側に不利である。理研側の再検証も行われないことになって、STAP細胞存在の決着は棚上げにされた。もう論争結構、大阪弁で女性流に言えば、「わて、ほんまによう言わんわ、enough is enough!」。

    一方、iPS細胞もまかり間違えば恐ろしい。その先端的研究が「再生医療」と万能細胞から得られた目的細胞に対する「創薬研究」に限られていれば問題はないが、クローン技術とヒトES細胞の研究を元にしているから、不心得者がクローン人間を簡単に作り、果てはゲイ(男子2人)からの子どもとか、頭はライオン、胴はヤギ、尻尾はヘビといった古代ギリシャ神話のような怪獣、つまりキメラ動物も作れるらしいから、それだけでも慄然とする。皮膚細胞からiPS細胞を作り、そこから精子と卵子を作製して受精させることも可能だろう。

    立花隆さんの譬え話のように、振られた男が振った女の皮膚細胞を掠め取り、自分との子どもを作ることもできる。「もう結構、それ以上はごめん、enough is enough!」である(でも陰では既に開かれたパンドラの箱を覗いてみたいと興味津々であるのが自己矛盾である)。だが不妊治療研究には生殖細胞の作製は必須だ。

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