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【識者の眼】「中国で流行している新型コロナウイルス感染症、あらゆる可能性を“想定内”に」岩田健太郎

No.4996 (2020年01月25日発行) P.56

岩田健太郎 (神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)

登録日: 2020-01-17

最終更新日: 2020-01-17

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2019年12月以降、中国の湖北省武漢市で肺炎が流行し、これが今まで知られていなかった新しいタイプのコロナウイルス(novel coronavirus〔2019-nCoV〕) が原因と判明した。当初59名と報じられた患者数は本稿執筆時点(2020年1月17日)で41名と訂正され、2名が死亡に至っている。12名は回復して退院した。死亡者のうち1名は60代の男性で、心筋炎を合併したという(国際感染症学会メーリングリストProMedによる〔https://promedmail.org/〕)。もう1名の死亡例についても心筋炎や多臓器不全が認められたと言われる一方、結核を併存していたという報告もあり詳細は不明である。この他、タイと日本で1名ずつ輸出症例が発見されている。763名の濃厚接触者が追跡され、そのうち644名は問題なしとされて観察解除となり、119名は未だ観察中だ。

中国の肺炎といえばSARS(重症急性呼吸器症候群、severe acute respiratory syndrome)を思い出す。2002年から2003年にかけて、中国の広州を中心に流行した死亡率約10%のウイルス感染症だ。私は2003年から北京の診療所でSARS対策に従事した。SARSはマンション、ホテル、病院内でヒト-ヒト感染が多発し、医療者の罹患も多かったために北京市内での診療は極度の緊張をもたらした。

当時の中国はまだ医療制度も診療体制もしっかりしておらず、SARSの情報公開が不十分で実態把握に苦労した。この時の反省を受けて中国では疾病予防対策センター(中国CDC)を充実させ、感染対策の質を高めてきた。現在では世界保健機関(WHO)などからも高い信頼を得ている。今回の肺炎でも新型コロナウイルスの遺伝子配列情報は即座に世界に公開され、タイや日本での診断の一助となった(日本経済新聞電子版1月16日)。

このウイルスはどこからやってきたのか。詳細は本稿執筆時点では不明だが、武漢の海鮮市場と多くの患者に関連が高く、ここがウイルスの発生源ではないかと疑われている。中国当局は海鮮市場をただちに閉鎖し、新規の患者は発生しなくなった。ヒト-ヒト感染も起きているであろうことが推察されるが、どのくらいの感染力があるのかは現時点では不明である。ざっくり言えば感染力、致死力などいずれもSARSほどのインパクトはなさそうだが、プレマチュアな断定は禁物だ。 

現時点では「分からないこと」がたくさんあるなかで、我々医療者に必要なのは冷静であり続けること。しかし油断もしないこと。「分からないこと」に自覚的であり、曖昧さに耐えること。意外な新情報にも驚かないこと。つまり、あらゆる可能性を「想定内」にしておくことである。

岩田健太郎(神戸大学医学研究科感染治療学分野教授)[新型コロナウイルス]

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