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久闊を叙する in バルセロナ[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(276)]

No.4984 (2019年11月02日発行) P.61

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2019-10-30

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とっても短かった昭和64年、その元旦から翌年の10月中旬まで、ドイツではなくて西ドイツ、ハイデルベルクのヨーロッパ分子生物学研究所へ留学した。

その頃のことにつきましては、拙著『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』(河出文庫)の「『超二流』研究者の自叙伝」に面白おかしく書いておりますので、ご参照いただけましたら幸いです。まずは宣伝でした、スンマセン。

当時のボス、トーマス・グラフの75歳記念シンポジウムがバルセロナで開催された。弟子たち約50人が勢揃い。1日だけだったが、素晴らしく楽しい会だった。おおよそ在籍順の発表で、30年前のロートルである私は16人中の3番目に登壇した。

トーマスの研究室にいた頃の昔話から、帰国してから本庶研時代の苦労話、そして、教授になってからの研究内容について。日本でも経験がないくらい笑いをとりまくることができて、大うけの講演になった。

実は英語の講演の方がうまいんです。という訳では決してなくて、聴衆たちの楽しもうという姿勢が大きかったからこそだ。

トーマスによる講演「From orchids to cell fate」は圧巻だった。少年時代を過ごしたベネズエラで蘭に興味を持ち、新種を発見した話から、最近のリプログラミングの話まで。1時間の予定を30分以上もオーバーしての大熱演。最後は、これから何を明らかにするかのスライドだった。いったい何歳まで研究するつもりなんや…。

よくこれだけ次から次へと素晴らしい着想で、Cell、Nature、Scienceといった超一流誌に論文を書き続けることができたものだ。私の知る限り、日本人研究者にこんな人はいない。全くレベルが違う人だ。

トーマスに人を見る目があるのか、あるいは、トーマスと共に仕事をすると及ばずながらも少しはその考え方を身につけることができるのか。自分のことはさておき、弟子たちの研究レベルも相当に高い。

昔の同僚に会えたのも嬉しかった。30年ぶりに会った仲間にも、すぐに打ち解けた。当時の研究室のことがあれやこれやとよみがえる。夢のように楽しい日々だった。
トーマスに会うのはこれが最後かもしれない。思いっきりスペイン風のハグをした。ありがとうトーマス。あなたに会えて本当によかった、と心でお礼を言いながら。

なかののつぶやき
「私生活の紆余曲折などあって、トーマスは現在バルセロナに研究室を構えています。大講演はこのスライドからのスタートで、左のシルエットがトーマスです」

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