株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

ラダック再訪(その4)─アムチ1日入門[なかのとおるのええ加減でいきまっせ!(270)]

No.4978 (2019年09月21日発行) P.65

仲野 徹 (大阪大学病理学教授)

登録日: 2019-09-18

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

チベット文化の色濃いラダックには、アーユルベーダに由来するとされる伝統的なチベット医学がある。しかし、鎮痛剤や抗菌薬など、即効性が目に見える薬物による西洋医学が導入され、危機に瀕した。

圧倒的に西洋医学が優勢になったが、慢性疾患にはチベット伝統医学の方がよさそうだという揺り戻しがあって、今ではうまく棲み分けた併存状態にある。伝統医であるアムチも一時はずいぶん減少したが、だいぶ持ち直したということだ。

前回紹介した『輪廻の少年』のアムチ、ウルギャンさん、運良く都合がついて、まる1日お相手をしていただけた。まずは、小さくて質素な診療所へ。棚には、丸薬が瓶に詰められてぎっしりと並べてある。
地元の少年が腹痛でやってきた。問診、視診、舌診、そして脈診。あっという間に診察は終わり、お薬の調合になった。

診療報酬は「お布施」みたいなもので、お金でもいいし、農作物でもいいし、貧しい人は感謝のことばだけでもいいとのこと。そんなであるから、アムチは地元の人たちの尊敬を集める存在だ。

お薬は高山植物から作られるものが多くて、その薬草取りのお手伝いも。まずは標高4000mあたりのピクニックで腹ごしらえ。草原、山、そして真っ青な空に白い雲。笑えてくるくらい素晴らしい景色の中での食事を、我が人生最高のランチと認定した。

圧力釜で料理を準備する間も、アムチは薬草の採取である。雪をかぶった6000mもの山々をバックに、よさそうなカモミールを選びながら摘んでいくアムチ。まるで夢か映画の名シーンを見ているようだった。

昼食後はさらに高いところ、標高5000m近くでの薬草採取に。美しい紫色の花を咲かせている高山植物を摘みまくった。う~ん、こんなことしてええんか、という気もしたが、このあたりの事情に通じたアムチの指示だからいいのだろう。きっと、また来年には生えてくるし。

最後は、薬作りの実演指導である。大きな石皿の上に乾いた薬草を乗せて、2㎏ほどの楕円形の磨石で砕いていく。これが意外と難しいし、重労働である。二の腕太きアムチは横で見ながら笑っていた。
この日のためだけにでもラダックまで来た甲斐があったと思えるほど素晴らしい1日になった。じつにありがたいことである。

なかののつぶやき
「薬草はなかなか粉にならないし、いっぱい飛び散るしで、ほぼお役に立てずじまい。というより、じゃましただけかも…」

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

関連求人情報

もっと見る

関連物件情報

もっと見る

page top