上気道炎のため受診した患者に対して、狭義の診療のみならず、機をとらえて、禁煙やがん検診、高齢者への肺炎球菌ワクチン接種の重要性を説くという診療姿勢は、平成の世においても推奨されてきた。
新時代の診療風景を思い浮かべてみる。認知症になりたくないと吐露する中高齢者に対して歩行速度の低下が認知機能低下に関連することや、運動習慣の保有が認知症発症率を低下させるという情報を提供する。脳血管疾患を発症した患者の1年再発率が1割、10年再発率が5割に上ることを伝え、受診継続や服薬アドヒアランスの意義を理解してもらう。歯周病が糖尿病のコントロールに影響を与えるため、口腔内を定期的に観察し、歯科受診を勧奨する。
高齢化、核家族化、晩婚化などにより、地域課題は複雑化している。医療には狭義の診療にとどまらず、疾病予防、二次予防、重度化予防、介護予防など、患者と家族の自己管理能力強化を支援するノウハウが必要になる。疾病の軌道を見通すことができるかかりつけ医だからできる「人を医す」助言である。
一方、地域において、医療機関を受診していない方をいかに適切な医療につなぐかが、今後重要な課題となる。たとえば、ごみ屋敷の事例を例外的ケースと片づけることはできない。地域には、認知症、身体障害、精神疾患、高次脳機能障害、発達障害、知的障害、アルコール等依存、引きこもりなどの諸条件を抱えている方がおられる。当事者固有の問題だけでなく、属する世帯に、老老、認認、ダブルケア、8050問題、生活困窮、虐待(セルフ・ネグレクトを含む)などの課題も存在しうる。こうした課題が複合した結果、地域におけるつながりの希薄化もあいまって、深刻な事態が発生しうる。現代社会において、このような社会的弱者が陥っている状態を「助けを求める力の欠如」として明瞭にとらえ、行政や介護、福祉に加えて、医師や法律家が有する専門性を総動員する形で、解決を図る必要がある。
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