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腹痛

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  • ■緊急時の処置

    ここでは,ショック時の処置について述べる。急速輸液と酸素投与で呼吸循環動態の維持に努めながら,診察と超音波検査で致命的疾患を短時間で鑑別し,速やかに根本治療を行う。

    最初の処置:点滴確保,採血,急速輸液(細胞外液系1~2L),酸素吸入を開始する。必要なら気管挿管,人工呼吸管理を行う。自発痛が強すぎて診療不能の場合には,非麻薬性鎮痛薬の経静脈投与を考慮する。また,鎮痛薬投与後の急変に備える(気管挿管,輸液路確保,人工呼吸器,昇圧薬等)。急速輸液による血行動態の反応性を評価し,血行動態の安定化や尿量確保をめざして輸液療法を行う。出血性ショックの場合は,shock index(心拍数/収縮期血圧)を参考にして失血量を推定し,治療に必要な輸血量を確保する。

    腹部診察:直ちに腹部診察を行う。強い腹壁緊張では,消化管穿孔や腸管虚血・壊死による重症腹膜炎を疑う。拍動性腫瘤では腹部大動脈破裂を疑う。腹部所見に乏しい場合は,消化管出血や他の原因による出血性ショックを考慮する。

    腹部超音波:速やかに腹部超音波検査を行う。腹部大動脈瘤や相当量の腹腔内液体貯留像を認めれば,腹腔内出血による出血性ショックを考慮する。

    腹腔穿刺:大量腹腔内液体貯留に対して腹腔穿刺が短時間で安全に施行可能なら,腹腔内出血と大量腹水の鑑別に有用である。

    【腹腔内出血を伴う出血性ショック】

    妊娠早期で,子宮外妊娠が疑われれば産婦人科医をコールする。

    腹部大動脈瘤(切迫)破裂では心臓外科医または血管外科医をコールし,余裕があれば造影CTでの画像精査を行う。

    肝硬変や肝臓癌の既往があり,腹腔内出血があれば肝癌破裂(transcatheter arterial embolization:TAEの適応)を疑う。

    【消化管出血による出血性ショック】

    著明な腹腔内液体貯留像がなく,腹部所見にも乏しい場合には,消化管出血の鑑別に肛門指診や胃管挿入を考慮する。

    【敗血症性ショック】

    著明な腹腔内液体貯留像がなく,急速輸液後も血行動態の改善に乏しい場合には,重症腹膜炎(下部消化管穿孔,腸管壊死,上腸間膜動静脈血栓症,NOMI,急性胆道炎など)による敗血症性ショックと判断する。輸液療法を継続しながら,診断と治療方針の確定のために腹部骨盤造影CTを考慮する(後述)。

    ■検査および鑑別診断のポイント

    【画像】

    〈腹部超音波〉

    腹部超音波は簡便な非侵襲的スクリーニング検査であるが,非緊急時であっても漫然と行うべきでなく,病歴や身体所見から考えられる疾患の鑑別のために行う。

    閉塞性黄疸や胆道系疾患が疑われる場合,肝内胆管・総胆管拡張,総胆管結石症,胆嚢炎,胆石症を評価する。

    腎盂腎炎や尿管結石が疑われる場合,腎盂拡張の左右差を必ず評価する。

    臓器虚血(腎,腸管,精巣,卵巣等)が疑われる場合は,ドプラで血流評価を行う。

    NOMI,急性腸間膜虚血症,急性腸間膜動静脈血栓症が疑われる場合は,上腸間膜動静脈の血流評価を行う。

    〈単純X線〉

    生殖年齢の女性では,妊娠の可能性に留意する。

    自力歩行可能な軽症患者に対しては,立位を含めた胸腹部単純X線検査は消化管穿孔や腸閉塞の質的診断に有用である。

    立位不能患者での有用性は限定的である。左側臥位デクビタス(decubitus)撮影が消化管穿孔(肝外側の腹腔内遊離ガス像)や腸閉塞(鏡面像)の診断に役に立つことがある。

    〈腹部骨盤CT〉

    腹膜炎または血管系疾患では,診断および治療法確定のために重要である。

    単純CT:臓器外変化(腸間膜・後腹膜脂肪織の濃度上昇,腹腔内液体貯留像,腹腔内遊離ガス像,腸管内液体貯留像)の描出に優れるが,腸管疾患に関する空間的分解能は低い。消化管穿孔の質的診断は容易だが,穿孔部位の評価は一般に困難である。虫垂が同定できる場合は,虫垂炎の診断に役立つ場合もある。

    造影剤使用リスクの評価:血管や腸管の精密検査が必要な場合は造影剤の使用が望ましいが,高齢者では脱水状態や腹膜炎の影響で腎障害を呈する場合も多いため,適応を慎重に考える。造影CT後の腎障害進行に対して血液浄化療法が一時的に必要となることはあるが,慢性維持透析に移行する例は少ない。

    造影CT:腹膜炎の原因特定にきわめて有用で,消化管穿孔では穿孔部位の推定にも役立つ。腸閉塞では閉塞部位や虚血腸管の評価から手術適応が決定される。大動脈疾患や内臓動脈瘤では血管の構造的評価(形状)や血行力学的評価(狭小化,途絶,破裂)のために必須である。大動脈疾患,動脈系疾患,NOMI,肝臓癌の破裂が疑われる場合は,ダイナミックCTによる早期動脈相の評価を追加する。

    【血液検査】

    末梢血,生化学,凝固系,血糖を検査する。出血や手術が予想される場合は,血液型(クロスマッチを含む),感染症なども検査する。

    消化管出血の急性期は,ヘモグロビン値の低下がないことがあるため,失血量の推定にはshock indexを用いる。

    炎症反応(白血球増加,CRP増加等)があれば腹膜炎を疑うが,初診時のCRP値は発症後の時間経過に依存するため必ずしも腹膜炎の程度とは相関しない。

    胆道系酵素の単独上昇は急性胆道炎を疑う。胆道系酵素と血清アミラーゼ値の上昇は総胆管結石症の合併を疑う。血清アミラーゼ値の単独上昇は膵炎を疑う。

    【一般検尿・尿沈渣】

    尿潜血陽性であれば尿管結石を疑う。尿中白血球や亜硝酸塩陽性であれば尿路感染症を疑う。

    感染性腸炎や食中毒が疑われる患者:尿潜血陽性で顕微鏡的血尿がない場合は,腸管出血性大腸菌感染症による溶血性尿毒症症候群(hemolytic-uremic syndrome:HUS)の可能性を考慮する。

    病歴や腹部所見で膵炎が疑われる患者:血清アミラーゼ値の上昇がない場合は,尿中アミラーゼ値で評価する。

    【その他】

    抗コリン系鎮痛薬(鎮痙薬)による速やかな腹痛の消失は腸管蠕動痛(胃炎,腸炎)を示唆する。

    胃管挿入:吐血はなく下血のみの場合に,肛門指診で消化管出血を認める場合は,胃管挿入後の排液の性状から上部消化管出血を鑑別する。

    ■落とし穴・禁忌事項

    CTでの精査なしに急性胃炎・胃腸炎と判断される場合では,急性虫垂炎,上腸間膜動静脈血栓症,NOMI,急性大動脈解離などの初期症状である可能性も考慮する。

    開腹手術歴のない高齢者の腸閉塞では,必ず鼠径・大腿・閉鎖孔ヘルニア嵌頓等を除外する。

    腹痛の原因としては稀であるが,アニサキス症,HUS,急性ポルフィリン血症,ヘノッホ・シェーンライン紫斑病,家族性地中海熱などに注意する。

    ■その後の対応

    感染性疾患の場合は,感染巣と重症度に応じた適切な抗菌薬を投与する。

    腹膜炎や腸閉塞と判断される場合には,緊急手術の適応について外科医にコンサルトする。

    尿管閉塞による重症腎盂腎炎と判断される場合は,ドレナージ術の適応について泌尿器科医にコンサルトする。

    初期治療後もショックが持続する場合は,集中治療の適応となる。

    エンドトキシンショックと判断される場合には,原因疾患に対する治療とともにエンドトキシン吸着療法を考慮する。

    腹膜炎疑診例の治療方針についても外科医にコンサルトし,緊急手術の適応がなければ入院で保存的治療とし,病状悪化時は再度外科医にコンサルトする。

    救急外来での精査により診断確定しない場合は,帰宅後の病状悪化や有害事象のリスクがある。入院が望ましい。

    救急外来での精査により診断確定し,帰宅後に病状が悪化するリスクがきわめて低い場合は,帰宅の上経過観察とする。

    ■文献・参考資料

    【参考】

    ▶ 国立感染症研究所:腸管出血性大腸菌感染症.

        [http://www.nih.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/439-ehec-intro.html]

    ▶ Cruz DN, et al:JAMA. 2009;301(23):2445-52.

    【執筆者】 関根和彦(東京都済生会中央病院救急診療科部長)

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