音声障害を専門とする私の診察室には、声の異常を訴える患者が多くいらっしゃる。“音声障害”は一般的にあまり聞きなれない疾患群であり、いわゆる“マイナー科”の耳鼻咽喉科の中でも、とりわけマイナーな存在ともいえる。学生時代は、心臓外科のような人の生命をあずかる診療科を志したこともあったが、この道を選んで、いつの間にか25年が経っている。
ひとくちに音声障害とはいえ、その症状は様々だ。風邪をひいて声が出ない。スポーツの応援で張り切りすぎて、声が嗄れた。明日コンサートを控えているが、高い声が出ず歌えない。等々。
Aさんは、大動脈瘤の手術後に声が出にくくなったとのことで、私の診察室にいらっしゃった。手術の際、反回神経をやむなく切除し、そのため左側の声帯が麻痺した。Aさんは息の漏れた、か細い声で「緊急手術で命を助けて頂いたんやから、声ぐらい我慢せんとあきませんよね」。元気なく一言そう仰られた。「主人の声が出なくなってからは、夫婦の会話もなくなりました」。傍らの奥さんは、寂しそうに呟かれた。
残り560文字あります
会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する