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■NEWS 中井久夫神戸大名誉教授が死去─統合失調症研究に貢献、阪神大震災で被災者のケアに尽力

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  • 日本医事新報1979年7月14日号「一週一話」より
    軽症うつ病の外来第一日(中井久夫 名古屋市立大精神神経科助教授)

    30歳以後に多い、躁病期がないという意味で単相性といわれるうつ病の外来治療第一日を述べる。うつ病は治るというが、再発しやすく、また、遷延すると厄介である。何事も初めが肝腎だろう。

    外来治療の適否は待合室での態度を見ることから始まる。周囲の人になだめられながら立ったり座ったりするのか、逆にねそべってしまっていないか──。うつ病に限らず「待てる」患者は予後が良い。

    次に付添いを見る。実家の人、遠縁、友人、上司ならば家族が来れない事情を聞きたい。外来治療には「受け皿」が大事である。同じ意味で、一人での来院には、自分の判断を人に話さずに来たのか、一人暮しか、「私たちは忙しいから一人で行ってらっしゃい」といわれたのかを知りたい。家族、隣人、友人、職場の人々に心情的に受け容れられている程度は、治療上大きな因子である。ただ有能だというだけの人は、うつ病になると疎外される。こういうことは、手始めとして精神科へ来たいきさつを聞く中でわかる。

    医者の前で茫然と無反応の人も、せきを切って喋り出す人も、外来でやれるかどうかは保留となり、また他の病の可能性を考慮する必要がある。一般に単相性うつ病の人は、苦しくても礼儀を失わない。ただし、数分は待ってみたほうがよい。

    うつ病の抑止は、思考・行動だけにとどまらず、例えば感情も抑止され喜怒哀楽が湧かない。表情も抑止される。それ相応の表情の動きに裏打ちされないので、話が深刻であればある程、聞く者は却ってうんざりしてくる。この「反響欠如」を内因性うつ病の一標徴としたのは西ドイツのシュルテで、オランダのリュムケの有名な「プレコックス感」と並んで診療感情による診断の白眉であろう。

    (因に「プレコックス感」とは、患者に安易に接近しようとして相手がそれに応じてこないために、診療者の中に湧く期待外れ、間の悪さ、自己嫌悪、相手への一種の畏敬の混合した感情であり、分裂病者の初診時のものとされる)

    自律機能や分泌の抑止も顕著で、口渇、便秘、不眠は必発である。

    こういう心身拘束状態の中で、患者は取り返しがつかない過去をくやみ(木村敏、土居健郎)、もがく。くやむ過去が近い過去であるのは木村の指摘するとおりで、思春期の失恋のような遠い過去へのくやみはうつ病的なくやみではない。

    こういう感情をいい当てても、患者はあまり楽にならない。手の込んだ精神療法がうつ病に奏効しないのは、うつ病患者がそもそも内面の感情を語り合う対人関係に馴染んでいないせいもあり、どうせわかるものかという気持も湧くかららしい。

    彼の置かれている状況を発掘していくほうがよい。昇進、引越し、新築などがうつ病の引き金となるのは、特に、社会通念としては喜ばねばならないのに心底ではうれしくない場合である。逆に、ほっとしてもそれを現わしてはいけない、永患いの肉親の死のような場合もある。年表を書くと、発病直前にこのような事件が頻発しているのがわかる。その辺の板挟み的な機微を外面的・常識的な「ふつうの言葉」で話し、諺や譬を多く交える。「感情の理解より状況の理解」である。

    自殺念慮は語らなくても存在すると考えるべきで、積極的に聞くほうがよく、「それはあせりが言葉をかえて語っているので、いくら苦しくても釣り込まれぬよう約束してほしい」と語りかける。患者が頷けばそれを評価する。うつ病者なら「死ぬより苦しくても」医者との約束を守ろうとする。

    身体診察は欠かせない。一つは医者への信頼を生むからであるが(うつ病者は医者らしい行為を評価する)、高血圧や動脈硬化が発見されれば高血圧はうつ病からの回復の目安になるし、動脈硬化ならば脳代謝賦活剤を加えて抗うつ剤、抗不安剤の効果が初めて発揮される場合がある。

    ここでうつ病の診断を下し説明をし、治療的取り決めをする。適当な抗うつ剤と抗不安剤に多少の就寝前薬を出して、翌日いくらでも眠っていられる状態をつくるよう医者から周囲の人にお願いする。周囲には「励ましも過ぎれば薬同様毒になる。本人は自分を励まし続けて励まし疲れを起こした訳ですし」と、激励禁止を約束させる。

    一日も仕事を休めぬという患者にも、まとまった期間の休養診断書を出す。数日の休みなら休み始めから出勤時の心配をするだろう。「一日も休めぬ」という患者も、真実は患者のほうが仕事にしがみついていることが多いが、正面から衝かず「一人休めば潰れる組織はあまり良くないですね」と感想を述べる。主婦は昼間一人で休まさず、誰かに付添ってもらう。夫に休暇をとらせても良い。うつ病になる主婦は、ありうる訪問者のための身づくろい、心構えでおちおち休めないはずである。

    治療期間は「ふつう二、三カ月だが、これまでのご苦労の長さと次回までの治療の進み具合をみて改めて考える」、再発問題には「治るとは元の生き方に戻ることでない。せっかく病気になったのだから、これを機会に前より余裕のある生き方に出られれば再発は遠のいていく」むね告げる。

    「薬は最初ですから軽いので、効かなくてもがっかりせず効きすぎてもびっくりしないように、何日かの疲れがどっと出てくるはずだし、それは眠りの形で流してしまうのがよいです」「もし眠れなければ明日いらっしゃい。来られなければ来週──便りのないのはよい便りと思っています」としめくくる。睡眠薬だけ欲しがる患者には、「昼の薬で下地をつくるのが大事なので、止める時も眠る前の薬から止めます」といっておく必要があろう。とにかく、こういう態勢をつくれば、外来患者の大半に第一夜の熟睡をもたらすことができる。

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