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ミホちゃんの蝸牛 [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.75

有賀悦子 (帝京大学医学部緩和医療学講座教授・診療科長)

登録日: 2017-01-03

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何年も前のことになります。外科では子育てができず、留学時代から緩和ケアの勉強を始め、帰国後は緩和ケア病棟に所属しながらさらに自分をブラッシュアップするために、大切な大人を亡くした子どもたちのサポートグループで経験を積んでいたときのこと。

小学校2年生のミホちゃんは小さなとき、お父さんを亡くしました。家族の思い出を絵に描くという時間が始まったとき「覚えてないもん」と手が止まったままでした。「覚えてないんだね。そっか。お家にお父さんのものはなにかある?」「お母さんしまっちゃった」「そうなんだ」「お母さんもね、きっと辛かったんだと思う」「辛かったのかなってミホちゃんは思うの?」「そうだね」「お母さんは普段はどうしてるの?」「絵本描いてる。こんな感じ」止まっていた手が動き始めました。大きい蝸牛を1つ。その横に少し小さいもの、その斜め下にもっと小さいもの。「これは?」「これがお母さん、で、これが私。弟は小っちゃいからこれ」可愛い蝸牛が3つ並びました。

しばらくして……ミホちゃんは一番大きい蝸牛を点々で書き始めました。「これ?点々なの?」「そう。お父さん。お父さんの顔は思い出せないけど。私、描ける」

上げた顔は、清々しく透き通っていました。

その翌週。お母さんから声をかけられました。「ミホ、とっても笑顔になったんです。こんなことなかった。嬉しかった」

この経験は、私のコミュニケーションスキルを一変させました。話を聴くということとその意味。対話の中で人は力を取り戻していくということ。そして、私自身ミホちゃんに成長させてもらっていることに気づきました。

疾病の終了とともに死があり、医療の役割は終わります。でも、取り巻く環境には終わらないいのちや記憶が存在し、時にそれも医療の力を必要としていることもあります。幼いなりに過去を手繰り寄せ、見つからない記憶に戸惑い続けた彼女が、自分の中に父を見つけた瞬間は、なぜ平坦ではない道のりにもかかわらず医師であり続けようとするのかという理由を私に思い出させてくれました。人の役に立てたらというありふれた希望であり、医師としての奥底にある喜びでした。

2017年6月23~24日、横浜で日本緩和医療学会学術大会大会長を務めます。私を育ててくれた多くの人々に感謝の花束を贈りたいと思っています。

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