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ヒトの体は、美しい! [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.35

佐藤洋一 (岩手医科大学医学部長)

登録日: 2017-01-02

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今年も解剖実習の時期がきた。医学生にとって通過儀礼とも言うべき解剖実習が滞りなく進むように、諸事万端に配慮して実習に臨むことになる。傍から見れば、毎年同じことの繰り返しのように見えるかもしれないが、その年ごとに実習手順の改善点は出てくるし、日々新たに知見が書き換えられる医学・生物学の中で解剖学だけが旧態依然の実習内容を続けることは許されず、解剖学のスタッフは自分の研究テーマとは別に、肉眼解剖の実習に備えて臨床医学や再生医学の情報収集も行っている。

そうした解剖学教員の努力を知ってか知らずか、解剖実習は古くさいというイメージが定着し、医学教育に占める解剖実習の存在意義は軽くなっている。とうとう解剖実習不要論すら出始めている。教員の方も、なかなか論文ができあがらず、出版したとしてもインパクトファクターが低い雑誌へ掲載されることから、肉眼解剖を専攻する人は激減しているし、さらに追い打ちをかけるように、基礎医学全体を見通してみても、医師・歯科医師のライセンスを持った教員は少なくなっている。したがって、実習中に解剖学のスタッフが学生へ「臨床ではこれが大事なので、しっかり解剖して見ておくように」と、親しく指導する局面は減っている。結果として、解剖実習は臨床医学の修得に役に立たない、という意見が出てくることになる。学生は本を読んで仕入れた知識よりは、実物を目の前にして実体験に基づいた話を聞きたがっているのに、それを語ってくれる教員がいなくなってきている。

外科系の臨床の先生に解剖実習をおまかせする、というのも方法のひとつかもしれない。生き生きした実体験は、かなりインパクトがあるであろう。また、放射線画像による仮想解剖を教材として利用するのも良いであろう。そうしたものを否定するつもりはまったくないが、肉眼解剖学の専門家がいとも鮮やかに細い神経網を系統的に剖出して、芸術的とも思えるスケッチを描き上げているのを目の当たりにしていると、やはりプロによる解剖実習は安易に捨て去ってはまずいと思う。系統解剖学は脊椎動物の構造の理解に役立つ智恵であるが、臨床解剖学にはそんな深みはない。学問の多様性を重視するならば、解剖学者はもう少し真面目に後進育成に取り組むべきだと思う。

兎にも角にも、そんな思いを持ちつつ、学生の間に入ってピンセットで神経や血管を剖出しているが、その作業を通じて生命形態の精妙さと美しさを間近に感じる幸せを、今年もかみしめている。

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