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師の背中を追いつつ [炉辺閑話]

No.4837 (2017年01月07日発行) P.88

小澤一史 (日本医科大学医学部長)

登録日: 2017-01-03

最終更新日: 2016-12-26

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最近の医学生には「師の背中を見て」という言葉は、流行らないかもしれません。私は研究者としての歩みを振り返ったときに、師に恵まれたとの強い思いがあります。

最初の師は慈恵医大時代の吉村不二夫教授(解剖学、故人)で、学問に厳しく、峻烈な先生でした。研究者として学問を大切にすることの厳しさと峻烈さを教えてくれました。

大学を卒業し群馬大学大学院に入学し、本格的に内分泌学、神経内分泌学の研究に没頭し、研究者としての礎をつくる際に私の目の前にその背中を見せてくれたのは群馬大学内分泌研究所長であった黒住一昌教授(微細形態学、故人)でした。普段は寡黙なジェントルマンでしたが、研究に関しては妥協を許さず、徹底的に真実を追究する厳しさが印象的でした。ある時、学会の発表準備をしていたのですが、私自身の中に「まあ、今回はこれで大丈夫だろう」という若干の妥協がありました。用意した電子顕微鏡写真を見た黒住先生は、一言だけ、「小澤君、細胞は美しいはずだけどなあ……」とだけコメントされました。師は見事にその私の妥協を見逃さなかったのです。厳しい一言でした。その晩、夜を徹してやり直し、翌朝、新しい写真を準備したところ「やっぱり美しいだろ」と会心の笑みを残されました。

留学後、35歳の時に、京都府立医科大学解剖学教室へ講師として赴任し、河田光博教授(現名誉教授、佛教大学教授)の下で充実した10年間を過ごさせて頂きました。冷徹なまなざしの中に、きわめてウィットで暖かみを持った感性で我々を包み、研究者として学び続けるための品格、良識、倫理の重要性を、自らが律することによって我々弟子に示し続けた先生です。研究者としての自主性を重んじてくれながら、一方でたゆまぬ努力を惜しまぬ心意気をいつの間にか教えていく姿勢は素晴らしいものがあります。たぶん、河田先生の師である佐野 豊先生(元京都府立医科大学学長)もそうだったのでしょう。

こうして、師の背中を見つつ、自分の研究者人生を送れてきたことは、終生の宝物であると思うとともに、日々、「自分は若き学徒にきちんと背中を示せているだろうか」という自問と緊張感を与え続けてくれています。

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