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ノーベル賞受賞者が示唆した「不寛容」[お茶の水だより]

No.4827 (2016年10月29日発行) P.13

登録日: 2016-10-28

最終更新日: 2016-10-28

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▶10月3日夜、大隅良典東京工業大栄誉教授のノーベル医学・生理学賞受賞決定の一報に、日本中が大いに湧いた。大隅氏が酵母を用いて分子生物学的な仕組みを発見したオートファジー(自食作用)は、がんやアルツハイマー病など、多くの疾患の治療への応用に期待が高まっている。
▶しかし、大隅氏は会見で「がんの治療や寿命の問題につながると確信して研究を始めたわけではない」とした上で、「サイエンスは必ず成果につながるわけではない。基礎科学を見守ってくれる社会になったら嬉しい」と、成果の有用性にばかり注目が集まる風潮に憂慮を示した。
▶本誌も誌面づくりの一環で、基礎研究の成果を伝えるプレスリリースに目を通す機会は多い。その末尾にはよく「○○病の治療薬開発に近づく成果」などの一文が添えられている。日本の基礎研究の多くは公的機関で行われている。“パトロン”は国民、研究費の源泉は税金だ。研究者には、健康や生活に役立つ成果を望む国民の声に、早期に応える責務があるのかもしれない。ただ、経済的価値や有用性を強調する末尾の一文からは、基礎科学研究者の肩身の狭さも窺える。
▶大隅氏が憂慮したのはあくまで、科学に対し短期での効用を求めすぎる社会の圧力的態度だろう。しかし、「日本経済のため」と称して障害者が殺害され、インターネット上で一部の人々が喝采を送るといった現象を見ていると、一見して有用性・生産性の低そうなものへの不寛容さは、社会に通底する「国民感情」のようにも思えてしまう。
▶細胞内の「ごみ溜め」と見なされていた酵母の液胞に着目し、偉大な功績を打ち立てた科学者の言葉は、とても示唆に富んで聞こえたのだった。

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