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インフルエンザ脳症の予防策

No.4751 (2015年05月16日発行) P.60

木戸 博 (徳島大学疾患酵素学研究センター 生体防御・感染症病態代謝研究部門特任教授)

登録日: 2015-05-16

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

インフルエンザ脳症の発症原因の1つとして,ミトコンドリアの長鎖脂肪酸代謝酵素であるcarnitine palmitoyltransferase(CPT)Ⅱの熱不安定性遺伝子多型の関与が報告されています。39℃を超えるような高熱の児に対して積極的に解熱を図ることで,ある程度脳症の発症を予防できると考えてよいでしょうか,ご教示下さい。
(福岡県 I)

【A】

インフルエンザ脳症発症機序の全体像はいまだ解明されていませんが,CPTⅡの熱不安定性遺伝子多型は,重要な脳症発症リスク因子であるとともに,増悪因子になっていることが判明しています(文献1,2)。
インフルエンザ脳症の病態は,脳の血管内皮細胞のエネルギー代謝不全による血管透過性の異常亢進状態(浮腫)です。細胞内代謝の中で,最も大きな比重を占める代謝がミトコンドリアのエネルギー代謝です。これは呼吸している酸素の約96%がATP産生に使用されていることからもわかります。血管内皮細胞は,心筋細胞,神経細胞と同様にATPを多く消費する代表的な細胞であるため,ATP枯渇は細胞機能障害として急速な浮腫をもたらします。
39℃を超える高熱持続が熱不安定性CPTⅡを失活させ,後天性のCPTⅡ欠損状態を引き起こします。これが脳の血管内皮細胞のATP枯渇の引き金となりますが,これに対して積極的に解熱を図ることは脳症の予防と増悪阻止に重要です。
解熱と同時に行わなくてはならない治療が,細胞内のATP枯渇を防ぐ糖代謝と脂質代謝の改善であり,この手当てなくして解熱処置だけでは効果は少ないと言えます。小児科では,CPTⅡ欠損症の治療に,(1)飢餓を避けた頻回の哺乳,(2)70%炭水化物と30%中鎖脂肪酸ミルクによるエネルギー補給,が推奨されていますが,このエネルギー補給が治療の基本となります。
最近,糖代謝と脂質代謝改善薬が動物実験で検証され,その効果が明らかにされました。有効性のある薬剤として糖代謝改善薬では,ミトコンドリアの入り口で糖代謝を調節している乳酸脱水素酵素の活性改善薬のdiisopropylamine dichloroacetate(DADA)(文献3)が挙げられ,ミトコンドリアの脂肪酸代謝酵素の転写促進薬では,ベザフィブラート+カルニチン(文献4)が挙げられます。強い食欲不振や嘔吐の持続状態は,細胞内のATP枯渇を引き起こす重要なリスク因子であり,このような場合,早急に点滴中のグルコース含量を増やし,TCA(クエン酸)回路の回転に必要なビタミンB1を加えて,解熱処置と同時にエネルギー代謝改善を行うことが重要です。
ATP枯渇の重症度と,治療薬の効果を判定するバイオマーカーに,血液中の乳酸値/ATP含量(Hb値で補正)のA-LES(ATP-lactate energy risk score)値(文献5)がきわめて有用で,重症度のモニターとして挙げられます。

【文献】


1) Chen Y, et al:EBS Lett. 2005;579(10):2040-4.
2) Yao D, et al:Hum Mutat. 2008;29(5):718-27.
3) Yamane K, et al:PLoS One. 2014;9(5):e98032.
4) Yao M, et al:Mol Genet Metab. 2011;104(3):265-72.
5) Chida J, et al:PLoS One. 2013;8(4):e60561.

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