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Fontan型手術後の血栓塞栓症 抗凝固療法と抗血小板療法の選択

No.4703 (2014年06月14日発行) P.64

石川司朗 (福岡市立こども病院小児科(循環器)科長)

登録日: 2014-06-14

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

Fontan型手術後の成人が増えているが,抗凝固,抗血小板療法の選択に難渋している。人工血管の使用とは関係なく,脈波でない定常流であるFontan循環にワルファリンが必要との意見もあるが,現時点での最新の知見を。(鹿児島県 N)

【A】

単心室症に対するFontan型手術が確立し,患者が増加している。合併症である血栓塞栓症(thromboembolism:TE)の予防法としてアスピリン療法とワルファリン療法が議論されてきたが,最近ではそのいずれにも優位性が認められず,新たな戦略の必要性が論じられ始めている。
[1]機能的単心室とFontan型手術
Fontan型手術は三尖弁閉鎖などの機能的単心室である先天性心疾患に適応される。現在,total cavopulmonary connection(TCPC)という上大静脈を肺動脈に直接吻合し,下大静脈血は人工血管を用いて肺動脈に還流させる術式が主流である。術後はFontan循環と呼ばれ,駆動心室を持たない肺循環と体循環が直列配列になる。TCPC術施行は小児期(就学前)が多く,予後は良好で,長期生存者(成人)が増加している(文献1~3)。この人工的なFontan循環の遠隔期死亡3大原因(文献2)は突然死(≒不整脈死),TE,および心不全である。中でもTEはFontan手術後早期のみならず遠隔期に及び,その危険度は時間とともに累積する。13~19%に無症候性血栓が指摘され,心室内,心房内,切除された肺動脈の心室側断端(肺動脈スタンプ),Fontan circuitなどに観察される。静脈系TE(深部静脈血栓症,肺塞栓症)と体循環系TE(脳梗塞など)がある(文献1~3)。
[2]Fontan循環と血栓形成
以下のVirchowの血栓形成3原則(1856年)がFontan循環に当てはまる。(1)血流の停滞:複雑な心血管構築異常を有するFontan循環には心房,残存する小さい心室,Fontan circuit,肺動脈弁断端などに血流停滞を認める。また,機能的右室のない肺循環は非拍動流であり,高い中心静脈圧と低心拍出を特徴とする(文献1,3)。(2)血管内皮障害:低い壁応力,低心拍出といった特徴から内皮障害バイオマーカー(syndecan-1, sTM, sCD40L, tPAなど)の異常が報告されている(文献4,5)。(3)血液凝固能の亢進:血小板機能亢進,血中凝固・線溶系因子濃度の異常(プロテインC低下,プロテインS低下,アンチトロンビン低下,トロンボモジュリン低下など)が示されている(文献1~3)。これらの異常値とTE発症の関連は十分には解明されていないが,TEによる死亡の危険因子としてFontan circuit内の血栓とアスピリンまたはワルファリンを服薬しないことが挙げられる(文献2)。
[3]Fontan循環の血栓塞栓症予防をめぐる最近の動向
Fontan循環のTE予防法として,これまでアスピリン療法とワルファリン療法の優劣が議論されてきた。2010年までのTCPC術に関連した論文をMEDLINEで検索し991論文から20論文(対象患者1075例)を抽出して再評価した報告(文献6)によると,TE有病率は全体で5.2%,アスピリン療法群とワルファリン療法群はそれぞれ 4.5%と5%で,TE予防効果と出血性合併症頻度に2群間の差はなかったと結論されている。
2011年に報告されたFontan型手術後2年のTE一次予防を目的としたアスピリン療法とワルファリン療法の安全性と有効性を比較した多施設比較試験(文献7)でも,両群間に有意差を示せなかったばかりか,両群のTE予防効果そのものが不十分と評価された。TE有病率は手術直後ばかりでなく遠隔期に累積することをふまえて,術後期間を限定せず,代替治療戦略として第Ⅹa因子阻害薬などの新たな抗凝固薬,ワルファリンとアスピリンの併用,または抗血小板薬の強化が検討されるべきであると結論している。微小血管の血栓塞栓による肺循環・体循環の長期的障害の可能性も考慮し,Fontan循環不全および神経学的症状もエンドポイントとした臨床試験の必要性が示唆された。また,同試験の二次解析報告(文献8)で,目標治療域にないワルファリン治療群のTE予防効果がアスピリン治療群に劣ることが明らかにされ,結果としてワルファリン療法の有効性と問題点が指摘されている。
トロント小児病院グループ(文献9)は機能的単心室患者には右心バイパス前,両方向性グレン術後,Fontan術後のいずれの治療過程においてもTE予防が必要であると主張し,右心バイパス前と両方向性グレン術後における第Ⅹa因子阻害薬enoxaparinのTE予防効果を示した。さらに,Fontan術後のワルファリンによるTE予防効果はアスピリン群および無治療群に優り,大出血の危険性に差がなかったことを報告している。ワルファリン治療における出血性合併症の問題は,高齢者が中心の心房細動と小児・若年成人が中心のFontan循環ではその対象患者の背景が異なっている。
成人のFontan循環(文献4)においても,血小板機能亢進,血管内皮障害,トロンビン産生亢進および線溶機能障害が特徴であり,TE予防には抗血小板療法と抗凝固療法の併用を検討すべきであると結んでいる。
この人工的FontanではVirchowの血栓形成3原則に該当する異常が指摘されるが,普段の患者においては止血と血栓のバランスは正常範囲に維持されている。しかし,ストレス,心不全悪化,感染症罹患などの際にはそのバランスが破綻し,TE発症に繋がると考えられる(文献5,10)。前述の通り,アスピリンまたはワルファリンの単独療法によるTE予防効果に限界を指摘する論文が増えている(文献4,7,8,11 ) 。当施設ではこの20年間,アスピリン(2~3mg/kg:max100mg/日)+ワルファリン(目標PT-INR値:1.7~2.2)+心血管保護療法(ACE阻害薬/ARB/β遮断薬から1剤を選択)の3者併用(文献12)を原則とし,生活習慣指導を加えた総合的TE予防を実践している。

【文献】


1) Khairy P, et al:Circulation. 2007;115(6):800-12.
2) Khairy P, et al:Circulation. 2008;117(1):85-92.
3) Lastinger L, et al:Circ J. 2013;77(11):2672-81.
4) Tomkiewicz-Pajak L, et al:J Thorac Cardiovasc Surg. 2014;147(4):1284-90.
5) Idorn L, et al:Pediatr Cardiol. 2013;34(2):262-72.
6) Marrone C, et al:Pediatr Cardiol. 2011;32(1): 32-9.
7) Monagle P, et al:J Am Coll Cardiol. 2011;58(6): 645-51.
8) McCrindle BW, et al:J Am Coll Cardiol. 2013; 61(3):346-53.
9) Manlhiot C, et al:J Pediatr. 2012;161(3):513-9. e3.
10) Raffini L, et al:Pediatr Cardiol. 2009;30(6): 771-6.
11) Jacobs ML, et al:Pediatr Cardiol. 2007;28(6): 457-64.
12) Nakano T, et al:J Thorac Cardiovasc Surg. 2004;127(3):730-7.

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