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乾性咳嗽とPM2.5の関係性

No.4697 (2014年05月03日発行) P.65

岸川禮子 (国立病院機構福岡病院アレルギー科医長)

吉澤 滋 (国立病院機構福岡病院リウマチ科医長)

登録日: 2014-05-03

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

北京にて1年間,PC技術者として勤務していた48歳の男性。以下のような症状で,PM2.5吸入による病変を疑っている。鑑別診断や今後の治療について。
・既往歴:脂質異常症,喫煙歴なし
・主訴:乾性咳嗽の持続(現在は軽減しつつあるが,朝と夕方に出現)
・昨年8月下旬健診:胸部X線含め異常なし,白血球数10700/μL,CRP1.40mg/dL
・呼吸機能検査:努力性肺活量4400mL,肺活量107. 6%,1秒量3300mL,1秒率75.1%,最大呼気流量(PEF)8.68L/s,V25 0.93L/s(47.4%),V25/Ht 0.55L/s/m
・当院検査:抗核抗体上昇(セントロメア)
珪肺症では全身性強皮症(systemic scleroderma;SSc)の罹患率が高い。SScにてセントロメアが上昇しているのではないか。 (京都府 I)

【A】

PM2.5は乾性咳嗽の原因として考えられており,診察では曝露期間・濃度・素因などを考慮して検討する。ただし,黄砂中のシリカの短期曝露と自己免疫疾患発症を関連づけることは困難である。
(1)病歴・検査所見からわかること
本例の主訴は朝夕の持続性乾性咳嗽で,8月下旬の健康診断では白血球1万以上であり,CRP(+)以外は異常を指摘されていなかった。呼吸機能検査ではフローボリューム曲線のV25の末梢気道流量が1回換気量よりやや少ない,ごく軽度の末梢気道閉塞性変化がうかがわれた。北京在住時より症状が起こり出したと考えてよいだろうか。健診で炎症所見があるため,急性期症状の修飾を考慮する必要がある。
さらに,抗セントロメア抗体の上昇が認められたため,強皮症の疑いがあることが問題となっている。質問者は症状が,北京在住という環境で濃度が高いPM2.5に曝露された結果であるのかどうか,またPM2.5(シリカ)が強皮症発症に影響を及ぼすのではないかということを考えている。
(2)持続する乾性咳嗽とその対策(文献1,2)
咳嗽の性状と持続期間が8週間以上である場合を慢性咳嗽とする定義から,本例は慢性咳嗽であり,喀痰を伴わない咳嗽そのものが苦痛であるとして治療対象となる。鑑別疾患はアトピー咳嗽,咳喘息,薬剤性,胃食道逆流,喉頭アレルギー,間質性肺炎・肺線維症初期,心因性などが挙げられる。咳感受性検査の必要性はあるが,陽性であれば感染後咳嗽,逆流性食道炎,アトピー咳嗽などを考える。症例は炎症所見があり,PM2.5にとらわれず,感染後咳嗽は考慮する。マイコプラズマ・クラミジア抗体検査も有用である。除外される場合,咳喘息が考えられる。
環境中のPM2.5濃度が高い地域在住で上記症状が継続して疾患が誘発された可能性がある。気道過敏性が重要な診断根拠となるが,気管支拡張薬,吸入ステロイドの治療診断も有効である。
症状が軽快しつつある理由として,帰国してPM2.5の濃度が減少して増悪因子がなくなった,感染が自然治癒した,などが考えられる。上気道所見をチェックすることも重要で,1気道1疾患(one airway,one disease)の概念を頭に入れて診療したい。
今後,軽度でも症状が持続する場合は,感染による炎症所見が軽快した後でも好酸球が増加する可能性はあるため,アトピー咳嗽などアレルギーとの関連を考慮する必要がある。また,本格的に喘息の治療を継続しても無効な場合は,頑固な咳嗽とみなして,改めて逆流性食道炎をチェックする。さらに間質性肺炎・肺線維症や悪性疾患の初発など他疾患を考えたい。
(3)PM2.5と乾性咳嗽(文献3,4)
健康問題となるPM2.5は,化石燃料の燃焼過程に生じる2.5μm以下の微小粒子が主であり,これが持続的かつ高濃度な状態で下気道に達することで気管支喘息発作や咳症状の誘発因子となり,我々日本人が過去に経験した中でも注目すべき公害喘息発症の要因になりうる。
わが国では,PM10(SPM:10μm以下の浮遊性粒子状物質)の測定によりPM2.5の存在を想定していた。最近では大気汚染物質が主成分で,工場から排出されるディーゼル排気微粒子(DEP),硫酸イオン,硝酸イオンなどからなる微小粒子により,各地の測定局でPM2.5が測定されつつある。
北京では,工場からのほか,冬季の一般家庭からの化石燃料の排出がかなり大きな影響を及ぼしており,通常は拡散されるが,気象条件によっては停滞して健康に影響を及ぼしているとのことである。季節性は重要であり,暖房の必要な季節で濃度が上昇する。北京ではリアルタイムでPM2.5濃度が表示され,人々は厚手のマスク装着など対策を取るようになっている。
この症例もPM2.5濃度上昇時に症状が出現したことも考えられるが,素因の問題があり,気道過敏性などの診断が必要である。帰国により軽快した場合には症状とPM2.5 の因果関係が得られる可能性がある。
(4)珪肺と強皮症
珪肺に自己免疫疾患が合併することが報告されている。強皮症との合併についての報告も多数みられている。自己抗体産生との関連では,珪肺に合併した強皮症患者14名において9名に抗トポイソメラーゼI抗体が検出されたが,抗セントロメア抗体陽性は1名のみであり,頻度は少なかった(文献5)。
一方,南アフリカの金鉱坑夫にみられた79例の強皮症患者での調査では,珪肺とは関連がみられなかったが,シリカに曝露された積算時間と関連が認められた(文献6)。米国人で職業的に珪土に曝露された人を対象にした研究では,強皮症の発症リスクに傾向はあるものの有意な増加はみられなかったとの報告もある(文献7)。
今回,PM2.5中のシリカの作用を指摘されているが,シリカは黄砂中の主成分(文献4) である。そのため,北京でも季節性にシリカの濃度上昇がうかがわれるが,この症例が珪肺を発症する可能性は非常に少ない。黄砂などの環境下でのシリカ曝露と強皮症との関連については,今後のさらなる検討が必要と考えられる。

【文献】


1) 藤村政樹, 編:慢性咳嗽を診る. 改訂版. 医薬ジャーナル社,2010,p16-43.
2) 日本呼吸器学会 咳嗽に関するガイドライン第2版作成委員会, 編:咳嗽に関するガイドライン. 第2版. 日本呼吸学会, 2012, p4-19.
3) 在中国日本国大使館HP
[http://www.cn.emb-japan.go.jp/index_j.htm]
4) 環境省HP:微小粒子状物質(PM2.5)に関する情報
[http://www.env.go.jp/air/osen/pm/info.html]
5) McHugh NJ, et al:Arthritis Rheum. 1994;37(8): 1198-205.
6) Sluis-Cremer GK, et al:Br J Ind Med. 1985;42 (12):838-43.
7) Calvert GM, et al:Occup Environ Med. 2003;60 (2):122-9.

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