医療機関において,熟練した勤務医や看護師が退職後,近隣の競合する医療機関に就職したり,自ら開業したりすることは,これまでに培った患者との関係や,独自の診療・運営ノウハウの流出につながり,経営上の大きなリスクとなりえます。
また,医療機関のM&Aや事業譲渡においても,売主側に近隣での開業や勤務を禁じる条項を設定するのが一般的です。上記のような場合,「競業避止義務」に関する合意を締結することが重要ですが,その有効性は厳しく判断されます。
本稿では,裁判例の傾向をふまえ,有効な競業避止義務の合意を締結するためのポイントを解説したいと思います。
労働者には憲法で「職業選択の自由」が保障されているため,退職後の競業避止義務は,その制限が過度にならないよう,裁判所によって慎重に判断されます。競業避止義務契約の有効性は,一般的に以下の要素を総合的に考慮して判断されます。
①守るべき正当な利益の有無:保護すべき秘密情報やノウハウ,顧客関係が存在するか
②従業員の地位・職務内容:秘密情報に接する立場であったか
③禁止される競業行為の範囲:どのような行為が禁止されるか,その具体性
④競業避止義務の存続期間:何年間禁止されるか
⑤地域的限定の有無:どの地域での競業が禁止されるか
⑥代償措置の有無:競業を制限する代わりに,労働者に経済的な補償がなされているか