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【識者の眼】「乳腺外科医事件の差戻審が開始された」小田原良治

No.5245 (2024年11月02日発行) P.62

小田原良治 (日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長、医療法人尚愛会理事長)

登録日: 2024-10-11

最終更新日: 2024-10-11

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9月18日、乳腺外科医事件差戻審の第1回公判が東京高裁で開かれたようである。本事件については、本誌5023号および5160号で見解を述べたが、日本医療法人協会としても声明を発表してきた。この事件は、1審無罪、2審有罪とされ、最高裁で破棄差し戻しとなったものである。

乳腺外科医事件とは、乳腺外科医が自ら執刀した女性患者の胸を舐めるなどのわいせつ行為をしたとして逮捕され、準強制わいせつ罪に問われた事件である。

1審の東京地裁は、争点は術後せん妄とDNA鑑定の信用性であるとした上で、せん妄の可能性と科学捜査研究所の杜撰なDNA鑑定を指摘して無罪の判決をした。控訴審の東京高裁は、専門家の鑑定結果を無視し、せん妄を否定して有罪とした。

最高裁は、①『せん妄』を否定した高裁判決が、地裁の判断の不合理性を適切に指摘しているとは言えないとしたが、②アミラーゼ鑑定、DNA鑑定の結果によっては女性患者の被害証言の信用性が肯定され、『せん妄』についての判断の誤りが判決に影響しない可能性がある。③控訴審では、DNA定量検査を含む事実の取り調べを行っておらず、審理が尽くされていないとして破棄、差し戻しとした。

最高裁は、専門家の鑑定結果を無視し、独善的に、せん妄を否定し、地裁の無罪判決を覆すことは許されないとして高裁判決の誤りを指摘したが、自判せず、DNA検査の信用性についての審理が尽くされていないとの理由で差し戻しとしている。科学捜査研究所の検査結果の信用性は刑事裁判にとって重大な問題である。このため、検査の信用性についての審理を尽くす必要があると考えたのであろう。差戻審は、この科学捜査研究所の検査結果の信用性が争点となると思われる。

筆者は、この事件の東京地裁公判を傍聴した。科学捜査研究所のワークシートが鉛筆書きであり、何箇所も書き換えた跡があるのを目にしている。そのほかにも検量線の使いまわし、証拠物の破棄等の問題が存在している。名だたる科学捜査研究所で、このような到底科学とは言えないような杜撰な検査がなされていることに驚いた。また、刑事裁判で被告人を有罪とする根拠にこのような杜撰な検査結果が証拠採用されていいのかという疑問を持っている。

8年以上にわたり、家族とともに苦痛を味わって来た乳腺外科医の胸中を考えれば、一刻も早く無罪判決が確定することを祈っている。

小田原良治(日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長、医療法人尚愛会理事長)[せん妄][DNA検査科学捜査研究所

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