執筆:山脇博士
日本医科大学多摩永山病院消化器内科病院講師
2009年川崎医科大学卒業。15年より日本医科大学付属病院消化器肝臓内科助教を務める。17年日本医科大学武蔵小杉病院消化器・肝臓内科助教を経て,18年同病院病院講師となる。22年より現職。
1 はじめに:現在の下痢診療とガイドライン
- 2023年に日本消化管学会ガイドライン委員会より『便通異常症診療ガイドライン2023─慢性下痢症』が策定された。
2 下痢症の定義
- 急性下痢症と慢性下痢症の違いについて述べる(世界共通の定義は存在しない)。
3 慢性下痢症の診察にあたって:問診と身体診察
- 慢性下痢症に対する有用な問診票は存在しない。問診はルーチンの病歴聴取を心がけるべきである。
- 検査前に,適切な身体診察を行うことで診断を絞り込む。
4 慢性下痢症の分類: どのような分類があるのか?
- 鑑別疾患の全体像を把握することが重要であり,病因に基づいて薬剤性下痢症,食物起因性下痢症,症候性(全身疾患性)下痢症,感染性下痢症,器質性下痢症(炎症性や腫瘍性),胆汁性下痢症,機能性下痢症,下痢型過敏性腸症候群(下痢型IBS)の分類がある。
5 慢性下痢症の診断の流れ
- 急性下痢症に比べて,慢性下痢症は積極的な治療をしなければならない原因疾患が圧倒的に多く,原因を突き詰め個々の治療に入ることまでが求められる。
- あらかじめ診察前に知っておくべき疾患,注意しなければならない疾患に,薬剤性下痢症が挙げられる。
- 医療従事者が知っておくべき薬剤性下痢症について列挙する。
- 難治性慢性下痢症について述べる。
6 慢性下痢症の治療
- 有効性が確立されている薬剤は少ないのが現状である。
- 食事療法,プロバイオティクス,止瀉薬の有用性について述べる。
1 はじめに:現在の下痢診療とガイドライン
外来診療において,下痢症状は医療従事者の誰もが経験する症状である。その原因としては,「近日中に生ものを食べたから」「最近ストレスが多いから」「持病によるものなのか」「お腹が冷えたから」「なんとなく調子が悪かったから」など,様々なことが思い浮かべられるだろう。そして,下痢の治療においては,経験的に従来の既存薬を処方しているのではないだろうか。2023年に日本消化管学会ガイドライン委員会より『便通異常症診療ガイドライン2023─慢性下痢症』が策定,発刊された。
このガイドラインにより,便通異常症の基礎知識から診断,治療,そして未来を総攬することができるようになっており,特筆すべきは診断治療フローチャートが明確に記載されたことにある。慢性便秘症に比べ,慢性下痢症においてはエビデンスがほとんどないため,作成委員も苦労することが多く,今後の研究課題としてFuture Research Question(FRQ)が多数示されている。便通異常症診療に携わる医療者にとって新しい道標になるよう,ガイドラインの一部をかみ砕きながら,本稿では,下痢の定義・診察・分類・治療について述べたい。
2 下痢症の定義
下痢とは,液状または半固体状の便が腸から反復して排泄されることを言う。
急性下痢症は外来診療において,よく遭遇するcommon diseaseの代表的な疾患である。急性下痢症は,症状発症から14日間以内の急性発症の下痢症状を示し,普段の排便回数に比して軟便または水様便が増加している状態である。その原因の9割以上は感染性であり,特にウイルス性によるものが最も多い。そのため,治療としては対症療法が主体で,脱水と電解質異常の補正を行うことが中心になり,原則として抗菌薬は不要である。ただし,個々の症例において菌血症が疑われたり,重度の脱水が起きたりしている場合には,抗菌薬の使用も検討すべきである。
下痢と慢性下痢症の世界共通の定義は存在しない。海外文献で下痢は,「便形状の変化が軟便あるいは水様便であり,かつ排便回数が増加する状態」とされ,慢性下痢症は,「4週間以上,下痢が持続または反復している状態」と定義されている1)〜4)。慢性下痢症は,上記の状態が4週間以上持続または反復することによって,頻回の排便,便意切迫感,便失禁,腹痛など,学業,就労,睡眠といった日常生活に支障をきたす症状を呈し,検査,食事・生活指導または薬物治療が必要な病態である。また,内臓知覚鈍麻や認知症などが理由で,たとえ自覚症状を訴えなくても,下痢が慢性的に続くことによって,脱水や電解質異常などの合併症を引き起こすことで日常生活に支障をきたした病態でもある。以上の背景より,ガイドラインでは慢性下痢症は「4週間以上持続または反復する下痢のために日常生活に様々な支障をきたした病態」と定義されている。