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日本史上の人物の意欲と生命予後には関連がある?

No.4819 (2016年09月03日発行) P.64

奥山研司  (花園大学文学部教職課程教授)

登録日: 2016-10-19

最終更新日: 2016-10-20

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  • かつて大学受験のために高校の日本史の教科書で学んだ際,人物についてはその生年と没年が名前の下に正しく丁寧に書いてあったものです。そして,その人物とその人物が関係した歴史上の「出来事」との関係がなくなると,年齢にはあまり関係なく,3~5年くらいで,ほどなく亡くなる傾向があり,不思議でした。当時の余命との兼ね合いもあるでしょうが,かなりの関連性を感じました。
    私の認識が正しいかの蓋然性の検討も必要ですが,もしそうだとすると,例として,生命の予後に関連する食料・気分とか,当時の各時代の背景を考えます。私は,気分が大いに関係したのではないかと長らく考えています。すなわち,歴史の舞台から降りたら,大いに気分・気力・意欲が低下し,結果として人生の終わりに至るというわけです。この可能性についてご解説を。
    このようなことは実際に起きているのでしょうか。それとも歴史教科書の記述法のなせる技なのでしょうか。

    (質問者:富山県 N)


    (1)歴史教科書は総合的通史
    歴史教科書に掲載される人物の登場時期は,その人の人生の中で最も充実し輝いて活躍した時期にあたり,だからこそ歴史に名を残すことができたと言えます。

    しかし,その人物が歴史の舞台に登場する前や後のことについては,教科書にはほとんど書かれていません。わずかにその生没年が名前の下に小さく書かれているのみです。教科書は政治・社会経済・文化全分野にわたる総合的な通史叙述の形式を取っているため,その人物がどういう生い立ちで,その後どのような人生を歩んだのかは,歴史と人間の関係を考える上で大切なことなのですが,それは歴史小説の役割だと言わんばかりに教科書には書かれません。教科書が無味乾燥だと言われる所以です。

    (2)歴史の舞台から降りた後は?
    したがって,質問者の言われるようなことに気づく中学生・高校生はなかなかいないのですが,確かに歴史の舞台から降りたあと,間もなくして人生を終えるケースがみられます。

    たとえば,平清盛は国家機構の全権を握った鹿ヶ谷事件の4年後に64歳で没していますし,源頼朝は幕府をつくり征夷大将軍になった7年後に52歳で没しています。北条時宗に至っては蒙古襲来という未曾有の国難を若き青年執権として乗りきった2年後にわずか33歳で病没しています。いずれも,政治家としてのエネルギーを使い果たしたかのような死に方です。質問者の言われるように,気分・気力・意欲が低下し人生の終わりに至ったと言えるかもしれません。

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