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【識者の眼】「小児・若年がん患者の妊孕性温存を巡る葛藤と支援」天野慎介

No.5161 (2023年03月25日発行) P.64

天野慎介 (一般社団法人全国がん患者団体連合会理事長)

登録日: 2023-03-08

最終更新日: 2023-03-08

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私が2000年に27歳で悪性リンパ腫を発症し、抗がん剤の治療に入る際に主治医から「精子の保存」について説明を受けた。今回行う抗がん剤治療では必ずしも不妊になるというわけではないこと、悪性リンパ腫を発症していることにより既に一時的な不妊になっている可能性があること、精子の保存は可能だが治療も急いだほうが良いこと、などを聞いた。必ず不妊になるというわけではなく、治療を優先したほうがよいだろうとも考えて、私は精子保存を行わなかった。

その後、残念ながら初回治療が十分に奏功しなかったため、大量化学療法を併用した自家末梢血幹細胞移植を受けるにあたり、改めて説明を受けた。今回の治療は高い確率で「不可逆的な不妊」となること、治療中なので精子保存も難しいこと、などを聞いて悩んでいると主治医は「そもそも5年後に生存していないと、不妊にもなれませんよ。選択の余地はないですよ」と言った。まったくその通りなのだが、割り切れない思いに苦しんだ。

その後、2012年には日本がん・生殖医療研究会(日本がん・生殖医療学会の前身)が発足し、各地にがん・生殖医療連携ネットワークがつくられた。2020年には、全国がん患者団体連合会と小児・AYA(思春期・若年)がん患者団体有志は「小児とAYA世代のがん患者の妊孕性温存への支援を求める要望書」を当時の三原じゅん子厚生労働副大臣に手交し、翌年には妊孕性温存療法に要する費用を助成する「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」が始まった。

このようなネットワークや支援にがん患者が速やかにつながることができていればよいのだが、現実は道半ばである。不妊になるような治療ではないと医師に言われて抗がん剤を受けたら不妊になっていた患者さんや、そもそも妊孕性の温存自体について説明をまったく受けていない患者さんもいて、説明義務違反を理由として訴訟を検討している患者さんもいる。20年以上経った今も、患者さんが私と同じような苦しみに遭っていることが悲しい。

もちろん、治療を優先しなければならないために妊孕性の温存が困難な場合や、生殖医療の技術的な限界、妊孕性の温存を行ったとしても後の不妊治療で身体的、精神心理的、経済的な負担が大きい場合もあり、丁寧な説明と意思決定支援、そして後のサポートも欠かせない。しかし、妊孕性の温存を検討する機会すら与えられずにがん治療を受けている患者さんがいなくなるよう、患者さんが確実に支援につながれる仕組みを整えてほしい。

天野慎介(一般社団法人全国がん患者団体連合会理事長)[治療の説明と意思決定支援][患者の心理的サポート]

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