神戸市長田区の片田舎にある公立高校を卒業したのは2003年。それから1年の浪人を経て2004年に医学部入学を決めるまで、私は前期・後期合わせて4回医学部を受験している。受験したのは全て京大医学部で(当時はまだ京大にも後期試験があった)、それ以外の大学を受験したことは一度もない。京大しか受験しなかったのは、「京大に行きたい」という思いがあまりに強すぎたからだ。それ以外の大学には、当時足を踏み入れたことすらなかった。
医学部受験のセオリーから言えば私は相当異質であるし、医学部を志望する後輩たちに、このような一点突破の進軍はお勧めできない。ただ一つ、私に誇れることがあるとすれば、京大に入学したいという熱い思いを一度も失わず、それゆえ受験勉強を一度も辛いと思ったことがない点にあると思う。 特に浪人時代は狂気のごとく勉強した。起床したらパジャマのまま机に向かい、朝のタスクを済ませる。朝食を摂ったらすぐに自室に戻って勉強。その後、予備校のある日は電車で予備校に通学し、ない日は食事と入浴と排泄以外の全ての時間を勉強に充てた。
なぜ、これほどのモチベーションを維持できたのだろうか。振り返って考えるに、二つの要因が思い浮かぶ。
一つは、高校2年の時に初めて京大医学部のキャンパスを訪れ、あまりの美しさに胸を打たれたことにある。威風堂々と居並ぶ赤煉瓦の校舎。中央を貫く大通り。静かに吹き抜ける秋風。
ここで行われた数々の医学研究が歴史を塗り替えてきたのだ―。
時が止まったようだった。言葉にならない思い。大学の6年間をこのキャンパスで過ごせるなら、どれほど幸せだろうか。その瞬間から、京大以外に進学する未来が描けなくなった。
だが、それまで地元の公立中高でマイペースに勉強し、曲がりなりにも学年トップの成績だった私は、中高一貫校でしのぎを削るライバルたちとの彼我の差に気づいていなかった。
井の中の蛙、大海を知らず。
高校3年の春に京大模試でE判定を食らい、ことの重大さに気づいた時には、もう遅かったのである。
私は医学部時代の6年間、東大・京大医学部専門塾として有名な「鉄緑会」で英語講師として教鞭をとった。そこで中高一貫校の生徒たちと交わり、中高時代の自分の甘さを改めて痛感したのを覚えている。
医学部受験を目指すなら、中学1年からの6ヵ年計画で動くのが望ましい。私のように、高校2年の秋にふと思い立ったのでは、医学部への道のりはあまりに険しい。
むろん、弱冠12歳の少年少女に将来の青写真を描けというのは、あまりにも酷な話だ。だが、残念ながら日本の医学部受験システムは、私の頃とほとんど変わっていない。ひとまず、「現行のルールで勝つ」以外に医学部に入るすべはない。
さて、私が高いモチベーションを維持できたもう一つの理由は、「医学や人体への強い関心」にある。生き物には幼い頃から関心があったが、何より高校生物を学んだ時に、生きとし生けるものの神秘に胸を躍らせた。教科書では飽き足らず、書店の「生物」コーナーに足を運んでは、細胞や遺伝子、生殖の仕組み、進化の成り立ちなどの本を物色した。
もし医学部に進学できれば、一生涯ヒトという生物に根底から関わることができる。これほど恵まれたことはない。「何としても医学部に行きたい」と願ったのは、それが理由だ。
2021年に上梓した自著『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』の「まえがき」で私は、「医学を学ぶことは、途方もなく楽しい」「絶えず味わってきた興奮を、誰かと共有したい」と豪語している。
かつてより学びたいと願っていた分野を、長年学び続けられることほど幸せな人生はない。この本が17万部超のベストセラーになったのは驚きだが、奇しくも多くの人が医学に関心を持てるという事実を示すことができたと思う。
ちなみに、高校3年春の模試でE判定と書いたが、その年の秋はC判定、浪人してからは全てA判定だった。現役の時の不合格は想定の範囲内としても、A判定だけで迎えた1浪の前期試験で不合格を手にしたのは想定外だった。「これほど勉強しても落ちるのか。一体何をどうすれば京大医学部に入れてもらえるのだろうか」と、鴨川の河川敷で天を仰いだ。
ただ、後期試験では不思議と緊張せず、「前期で落ちた人のなかではきっと自分は上位のはずだ」と信じていた。そのくらい、勉強量では誰にも負けていない自信があった。
京大の後期試験は、科目も配点も前期試験とほぼ同じで、数学、英語、理科に加え、国語の代わりに小論文が入っただけ、という条件も幸運だった。結果的に、後期試験では高得点で合格ラインを超え、合格を手にすることができたのである。
これまで書いてきたように、医学部を目指す上では、いかにモチベーションを維持し続けるかが重要だ。早いうちから医学の分野に触れること、大学を実際に見学し、将来の自分像を思い描くこと。私からは、この二つを提案したいと思う。
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