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「ウイルスは宿主を殺さず弱毒化する」説の根拠は?

No.5114 (2022年04月30日発行) P.56

水谷哲也 (東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センターセンター長/教授)

登録日: 2022-04-27

最終更新日: 2022-07-06

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「一般に,ウイルスは宿主を殺さないで,感染を維持する方向に弱毒化する」という説があります。その根拠は,今までのウイルス観察研究の結果だけなのでしょうか? 東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センター・水谷哲也先生のご回答を希望します。(新潟県 S)


【回答】

【ワクチンなど人為的介入があったときのみ,宿主に適応できる弱毒化した新変異株が選択されていく。また,宿主を変えることでウイルスが弱毒化する可能性についても,研究が進んでいる】

ご質問をありがとうございます。また,ご指名もありがとうございます。筆者も,総説や書籍などに,「ウイルスは弱毒化の方向に進む」と書くことがあります。これはおそらく正しいのですが,少し解説が必要になります。

確かに,ウイルスは弱毒化の方向に進む場合もあります。しかし,それは,ワクチンや治療薬,隔離措置など,人為的な介入があったときに限る,と考えられます。つまり,人為的に強毒株が抑え込まれることにより,弱毒株が残り,宿主と共存していくという場合です。

新型コロナウイルスでは,デルタ株が弱毒化してオミクロン株になったというわけではありません。2回のワクチン接種により,デルタ株がある程度抑制されてきたところに,アフリカ大陸からオミクロン株が出現してきました。2回のワクチン接種ではオミクロン株への有効性が低いので,瞬く間に全世界へ広がっていきました。また,オミクロン株はどちらかというとアルファ株やベータ株に近い変異株で,デルタ株は遠い親戚に当たります1)

ここからわかることは,新型コロナウイルスに対するワクチンがなければ,デルタ株の感染は拡大し,オミクロン株が入る余地はなかった可能性がある,ということです。また,デルタ株が弱毒化してオミクロン株になったのではない,ということです。オミクロン株の致死率はデルタ株の半分くらいになっていますが,弱毒化と言えるほど致死率は低くありません。

弱毒化は,宿主への適応(アダプテーション)を意味します。一般に,体内のウイルス量が増えると,病原性は高まります。病原性を高めないで,ある程度のウイルス量を保てるウイルスは,次の宿主へ感染できるチャンスを得ています。弱毒生ワクチン(ウイルス)のように,体内で少しだけ増えることができるウイルスは,免疫により速やかに駆逐されてしまいます。逆に,病原性が強いと急性感染になってしまうので,隔離されるか,宿主をすぐに殺してしまうので,蔓延できません。ウイルス側も,感染を維持できる,ちょうどよい匙加減で変異する必要はありますが,もちろんウイルスには脳がないので,そのような意思も持てません。それでは,「弱毒化したと考えられるウイルスは,どのように出現してきたか」というと,選択の結果でしかありません。ウイルスゲノムは多様性を示しており,ある確率で変異も起こします。その中で,弱毒化して宿主に適応できた変異株が選択されてくるのです。

筆者は,「弱毒化は短期間に起こらない」と考えています。まだタイムマシンが発明されていないので,過去の出来事を正確に知ることはできません。ウイルスの弱毒化は,おそらく数万年,数百万年単位で起こるのではないでしょうか。しかし,これは上記のようなワクチンなどの人為的介入がない場合の話ですし,筆者の想像でしかありません。ワクチン接種や治療薬の投与が進むと選択スピードが上がるので,弱毒化は加速すると考えられます。

一方,ワクチンがなくても,数百年で弱毒化するウイルスもあるかもしれません。たとえば,現在では一般的な,風邪の原因になるコロナウイルスOC43は,1890年頃に強毒ウイルスとして出現し,数十年かけて弱毒化したという説2)もあります。もちろん,OC43はもともとただの風邪のコロナウイルスだったのかもしれません。やはり,タイムマシンに乗ってサンプリングして検査しなければ,真実はわかりません。

実は,ウイルスが進化の過程で宿主と共存するように弱毒化したことを証明した論文を,筆者は知りません。もちろん,ワクチンや治療薬が存在していない場合です。そこで,これに関連した,筆者らの研究を紹介いたします。

筆者らは,ハリネズミから新しいアデノウイルスを発見しました3)〜5)。このウイルスは,ハリネズミに軽い呼吸器症状を起こす場合があるので,弱毒ウイルスです。なお,その前年,このハリネズミアデノウイルスのゲノムと99%以上相同性のあるスカンクアデノウイルスが発見されていました6)。こちらのウイルスは,スカンクに致死的な感染を起こすので,強毒ウイルスです。ここからは仮説ですが,2つのアデノウイルスは同一のもので,ほぼ同時期にスカンクとハリネズミに感染するチャンスがありました。そして,スカンクに感染すると強毒性を示し,ハリネズミに感染すると弱毒性を示すと考えています。つまり,宿主の差が,病原性の差として表れているのです。

この仮説が正しいならば,ウイルスの弱毒化は,進化だけではなく,宿主を変えて感染することでも起こると言えます。もちろん,2つのウイルスゲノムの1%未満の違いが,病原性に反映している可能性もあります。これを筆者らが証明し,論文にすることで,ウイルスの強毒化と弱毒化の真実にせまることができる,と考えています。

【文献】

1)Viana R, et al:Nature. 2022;603(7902):679-86.

2)Vijgen L, et al:J Virol. 2005;79(3):1595-604.

3)Madarame H, et al:Vet Rec Case Rep. 2016; 4(1):e000321.

4)Madarame H, et al:Microbiol Resour Announc. 2019;8(40):e00695-19.

5)Wen R, et al:Res Vet Sci. 2021;139:152-8.

6)Kozak RA, et al:Virology. 2015;485:16-24.

【回答者】

水谷哲也 東京農工大学農学部附属感染症未来疫学研究センターセンター長/教授

【関連動画】

水谷哲也「『ウイルスは弱毒化する説』に根拠はあるか?① ウイルスが弱毒化する要因」

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