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撤回論文の引用問題:Wakefield論文とEstruch論文の事例から[提言]

No.5106 (2022年03月05日発行) P.50

小泉志保 (京都大学医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学教室)

中山健夫 (京都大学医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学教室教授)

登録日: 2022-03-02

最終更新日: 2022-03-01

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  • 〔要旨〕撤回論文の多くが撤回後も引用され問題となっている。ここでは、代表的な事例として、三種混合ワクチンと自閉症の関係を報告し、後に捏造が判明したWakefield論文と撤回後に最も引用されている地中海食RCT論文であるEstruch論文を挙げる。Estruch論文は撤回論文が再出版された事例でもある。最後に、撤回論文を引用しないための対策とは何かを考察する。

    1 論文引用と著者の責任

    刊行された論文の撤回は、著者には無論のこと、編集者と読者である研究者、そして時に広く社会に深刻な影響を及ぼすが、近年、その増加が指摘されており、学術活動の世界的な問題となっている1)

    撤回論文は、信頼性や倫理性に看過できない問題があるため、新たに投稿される論文に参考文献として引用されるべきではないが2)、現状ではそれらの数多くが撤回後も引用されている3)。また、インパクトファクターの高いジャーナルで発表された撤回論文ほど被引用回数が多く、影響が大きいことが指摘されている4)。新たな論文著者が、引用対象の論文が撤回されている事実を確認せずに引用する過誤として、対象論文を引用した論文の文献リストのみに基づく、いわゆる「孫引き」の可能性も指摘されている4)

    国際医学編集者会議(International Committee of Medical Journal Editors:ICMJE)は、投稿論文に記載された参考文献が正確であるか学術誌編集部で必ずしも確認されているわけではないとし5)6)、論文を引用する際は撤回論文を引用していないか著者自身がPubMedなど文献データベースで確認する責任があるとしている7)

    論文投稿の際に、撤回された論文を誤って引用することは、投稿論文の質・信頼性を根本的に損なう危険がある。本稿では、過去の撤回論文の引用問題として2つの事例を紹介し、今後の議論の資料としたい。

    2 Wakefield論文の場合

    論文の撤回後も引用され続けている代表的な事例のひとつが、英国の元医師Andrew Wakefieldらによる三種混合ワクチン(measles/mumps/rubella:MMR)と自閉症との因果関係を示した論文であろう8)。1998年にLancet誌で発表されたこの論文は、2004年に部分撤回、2010年に完全撤回されたが、英国や米国では接種率が低下するなど、その影響は多大であった9)

    ウィスコンシン医科大学のレファレンス・ライブラリアンであるElizabeth M. Suelzerらは、当該論文を撤回の前後に引用した論文を分析している6)。それによると、Wakefieldらの該当論文は発表当初から否定的に引用されており、2019年3月までに本論文を引用した英語論文1153報のうち、2004年3月4日の部分撤回以降に引用したのは881報(76%)、そのうち否定的な引用は838報(73%)であった。部分撤回後の2005~10年に引用した322報のうち、123報(38%)が部分撤回に言及し、完全撤回後の2011~18年に本論文を引用した502報のうち、360報(72%)が部分/完全撤回に言及していた。Suelzerらは、本論文を引用して撤回に言及している論文の割合は増えたが、完全撤回後でも3割近くが撤回に言及せず本論文を引用している点を指摘し、文献データベースや引用管理ソフト、出版社の引用管理システムの改善に加え、著者や編集者による十分な検証の必要性、著者が撤回論文を意図的に引用するのであれば、それをどのように扱うのが望ましいか、より強力(stronger)なガイドラインが望まれると結論づけている。

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