米国のオバマ大統領のPrecision Medicine Initiativeを読むと,現在の根拠に基づく医療(evidence-based medicine:EBM)の論理を理解できる。すなわち,「平均的な症例」に対する「標準治療」の転換をめざして多くのランダム化比較試験が施行され,過去に「標準治療」が確立されていた領域では,ランダム化比較試験の結果に基づいて「標準治療」が転換された。過去に「標準治療」が確立されていなかった領域では,プラセボとの比較試験により「標準治療」が樹立された。
過去に「標準治療」が完全に確立されていた領域では,過去の「標準治療」と新薬のランダム化比較試験の差異のコンセプトは比較的容易に理解できる。しかし,過去に「標準治療」が完全に確立されていなかった領域で,無理矢理設定された「標準治療」と新薬のランダム化比較試験の解釈は困難である。
「脳卒中リスクを有する非弁膜症性心房細動」における経口抗トロンビン薬,抗Xa薬の臨床開発試験には多くの問題があった。試験の目的を,新薬承認のための科学的根拠の樹立と割り切ってしまえば,それなりに価値のある試験であっただろう。しかし,EBMの時代において,この試験がその後の「標準治療」の転換に役立つものであったか否かには議論がある。
まず,いわゆる経口抗トロンビン薬,抗Xa薬の開発前に「脳卒中リスクを有する非弁膜症性心房細動」の「標準治療」は確立されていたと言えるだろうか。これは,「標準治療」の定義にもよる。医師は,ばらつきの多い個々の患者の予後改善に最善を尽くすが,その「最善」の方法を遺伝子の差異や個人が曝露されたリスク因子などにより,定量的かつ構成論的に予測する科学的方法は確立されていない。
しかし,医学部を卒業したばかりの医師よりは臨床経験20年の医師のほうが正しい判断をすると感じるので,臨床経験を蓄積した医師の判断はそれなりの真実を含んでいると想定される。そうした医師達が「脳卒中リスクを有する非弁膜症性心房細動」において実際に施行していた抗血栓療法を調査すると,半数程度がワルファリン,3割程度がアスピリンを使用し,1~2割が抗血栓療法を施行していないというのが実態であった。つまり,文章としてまとめられた「診療ガイドライン」はあったが,臨床医の視点から見れば,「脳卒中リスクを有する非弁膜症性心房細動」に対する「標準治療」は確立されていなかったも同然と言える。
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