榎木英介 (一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)
登録日: 2025-09-09
最終更新日: 2025-09-05
2025年6〜7月に放送されたNHKの報道は見応えがあった。特に、6月1日に放送されたNHKスペシャル『医療限界社会 追いつめられた病院で』では、地方医療の危機が生々しく描かれていた。島根県の済生会江津総合病院では、常勤医が28人→12人へ激減し、救急や診療科の維持が困難となっている現場の「限界」が映し出された。物価高や人件費の高騰により、全国の病院の6割以上が赤字との報道もあり、現在の医療提供体制が深刻な危機に瀕していることが明らかとなった。
このような事態を打開するため、厚生労働省は2040年を見据えた医療提供体制の再構築を目的に、「地域医療構想及び医療計画等に関する検討会」を設置した。2025年7月24日に第1回検討会が開催され、8月8日(第2回)では「医療機関機能・医療従事者の確保」が、8月27日(第3回)には「区域・医療機関機能、医療と介護の連携、構想策定のあり方」が議題となり、具体的なガイドライン策定に向けた議論が進められている。
検討会では、従来の「病床機能報告」を拡張し、「医療機関機能報告」を創設する方向性が示された。救急、高齢者対応、在宅・介護連携、急性期拠点、専門機能といった役割を病棟単位で明確化し、地域の実態に即した報告制度へと改めることが目的である。また、入院のみならず外来や在宅医療、介護との連携を含めた、地域全体の医療提供体制を設計する視点が強調されている。
これらの議論をふまえると、病院が存続可能な地域に求められる条件は、以下の3点に集約される。
第一に、重層的な区域設計である。救急・周産期・外傷などの急性期拠点機能は、二次医療圏で担保しつつ、市町村レベルでは在宅・介護との連携を密に構築する、といった多層的な区域設計が必要である。
第二に、地域需要に即した病棟・医療機能のポートフォリオである。入院・外来・在宅を包括的にとらえ、治療から在宅・介護への移行まで切れ目なく接続することができる仕組みが備わっていなければならない。
第三に、医療従事者の確保戦略である。タスクシフトやタスクシェア、複数施設の共同運営、遠隔医療や広域連携などの実効策を、計画段階から織り込むことが不可欠である。これらは、第2回検討会においても主要な論点として提示されている。
検討会が描こうとしている新ガイドラインは、「区域設計」「機能分化」「人材戦略」の三本柱を同時に進めるための土台である。病院が存続できる地域とは、この3つの条件を満たし、自ら医療圏という“面”を設計していくことができる地域にほかならない。
今後も検討会の動向を注意深くみていきたい。
榎木英介(一般社団法人科学・政策と社会研究室代表理事)[地域医療構想][医療機関機能報告]