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【識者の眼】「医学研究とpreprint─迅速性と信頼性の天秤」鍵山暢之

鍵山暢之 (順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学教室准教授)

登録日: 2025-09-09

最終更新日: 2025-09-02

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ここ数年、医学分野でも、preprint server(プレプリント・サーバー)の利用が急速に広がってきました。プレプリント・サーバーとは、論文を学術誌に投稿する前にオンラインで公開できる仕組みで、代表例としてarXiv、bioRxiv、そして医学系ではmedRxivがあります。査読前の原稿をアップロードすることで、誰でも無料で閲覧・引用することができるのが、プレプリント・サーバーの特徴です。

プレプリントの最大のメリットは、「速さ」だと思います。 通常、論文が投稿から掲載されるまでに数カ月から時には1年以上かかることもあります。しかし、プレプリントは、即座に世界中の研究者と成果を共有することができます。また、同じテーマで研究競争をしている場合には、「priority claim」として、自らが最初に報告したことを示すことができる点も大きな魅力です。さらに、査読前に論文を公開することで、世界中の研究者からコメントや批判を受ける機会があり、論文を改善する材料にもなります。

一方、プレプリントのデメリットは「質の保証がない」ということです。 査読を経ていないため、不完全なデータや誤った結論が拡散するというリスクがあります。特に医学領域は、患者さんの治療方針に直結する情報もあるため、査読は重要になります。COVID-19パンデミック時には、多数のプレプリントが短期間で公表されました。しかし、その中には、不正確な内容も含まれており、一般報道やSNSにて誤解が拡散された事例も記憶に新しいところです。

私自身も最近、複数回にわたって、プレプリントとして論文を公開しています。早く世に出すことができるというメリットは大きい一方で、公開しただけでは、世の中に自然と認知されるわけではないことも強く感じています。結局は、自分自身で積極的に論文を紹介し、学会やSNSを通じて広めていかなければ、プレプリントは埋もれてしまいます。つまり、プレプリントは「出すこと」がゴールではなく、「どう周知させるか」までを含めた戦略が重要だと実感しています。

医学分野でプレプリントを使うことには賛否がありますが、重要なのは利用者と読者の双方が、“暫定的な成果”であることを理解することです。信用性は最終的に査読付き論文にこそ担保されますが、アイデアを迅速に共有し、世界中の研究者と議論を始めるには強力な手段でもあります。

これからの医学研究は、密室での査読だけに依存せず、広く公開された知に基づくオープンな議論と改善が求められます。人命と直結する領域だからこそ、迅速性と信頼性をいかに両立させるか─その答えを模索し続けることが、私たち研究者に課せられた責務だと考えます。

鍵山暢之(順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学教室准教授)[preprint[医学研究オープンサイエンス

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