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【識者の眼】「精神科医療におけるエビデンスの意義と限界」本田秀夫

No.5052 (2021年02月20日発行) P.56

本田秀夫 (信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授)

登録日: 2021-01-25

最終更新日: 2021-01-25

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近年、精神科にもエビデンスに基づいた診療(EBM)を重視する文化が根づいてきた。多数例の統計データ、ランダム化比較試験(RCT)、メタ分析などの手法を用いたエビデンスは、医療の標準化・均てん化を推進し、世界のどこにいても最低限の水準の医療が保証されるようになる。これがEBMの意義である。

一方、臨床現場における精神科の治療には、RCTの枠組みに収まりきらない要素もある。なかでも精神療法に関する要素がその典型である。RCTでエビデンスが示されているある精神療法を行っている医療機関に紹介した症例が、順調に治療を受けて症状も改善していたのに、治療を行う担当者が交代すると「合わない」といって治療を自己中断してしまったという経験をしたことがある。治療内容は変わらないのだが、それを実施する担当者との相性のようなもので、患者側の治療を受けることへの意欲が変動してしまう。RCTのデザインでは、こうした臨床現場の事情を統制して臨床試験を行わざるを得ない。理想的な環境と条件が揃った上で効果が示された治療法を、精神科医療の現場でどのように活用すればよいのかについて、まだ十分な検討がされているとは言えない。

エビデンスは、突然に湧き出てくるものではない。臨床医が現場で試行錯誤する中から数例の経験をもとに仮説を立て、その仮説の真偽を確かめるために徐々に客観性を高めていって得られるのがエビデンスである。一方で、エビデンスを得る過程でやむを得ず考慮から外さざるを得ない条件があるため、多くの場合は臨床医が立てた仮説の一部がエビデンスとなるに過ぎない。そのような事情を理解した上でエビデンスを活用する必要がある。それはどの医療領域でも同じなのであろうが、精神療法に関するエビデンスでは、検討から外される条件がより多く存在すると思われる。

精神療法を担う精神科医および公認心理師の養成課程では、このようなエビデンスの意義と限界について学び、エビデンスを押さえておくことは常識としつつも、エビデンスになりきっていない要因についても、目を向けておく習慣を身につけられるようなカリキュラムが求められる。

本田秀夫(信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授)[カリキュラム]

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