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ミーム学のすすめ[炉辺閑話]

No.5045 (2021年01月02日発行) P.82

森 治郎 (東京産業医オフィス代表)

登録日: 2021-01-04

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総務省の「情報通信白書」によると、世界のデータトラフィックはこの3年間で倍増し、2021年には1カ月間あたり319エクサバイト(エクサは10の18乗)という天文学的数字に達するとされている。情報入手手段の多様化やそのコスト減によって、現代を生きる私たちの多くが多大な恩恵を受けられるようになったが、その副作用も無視できない。たとえば、新型コロナウイルスをめぐって専門家が発信する様々な情報は時として混乱をもたらし、社会不安、対立、差別などの問題を引き起こして感染症の被害を拡大させている場面も見受けられる。

あらゆる生物は進化学でいうところの適応度(生存と繁殖の成功度)を高めるために、それぞれの環境で必要な情報を効果的に活用すべく進化してきた。ヒトはとりわけ情報の複製や集団内における伝達・共有の能力を向上させることで不確実性の高い環境でも繁栄し続け、豊かで多様な文化を生み出していると言えよう。総務省のデータが示すものはヒトという生物種の存在の必然的結果であり、かつ要因である。しかし、一方で皮肉にもヒトのみがこの能力によって自ら適応度を低下させうる生物種でもある。私たちは情報という資源にどのように向き合うべきであろうか。

英国の進化生物学者リチャード・ドーキンスは1976年の著書「利己的な遺伝子」(紀伊國屋書店刊)において、ヒトの脳を介して伝達され、自己複製し、突然変異する性質を持つものをgeneになぞらえてmemeと命名し、後に脳内の情報の単位であると定義した。memeはそれが真実であるか否かに関係なくヒトの本能に由来する衝動、特に生存や繁殖に関連する場合に拡散しやすいことがmeme学の研究者たちによって指摘されている。

適応度を低下させてしまうmemeによる健康障害もまた現代病である。私たちは自分自身のgeneとmemeによる二重構造をよく理解することにより、氾濫するmemeから能動的に社会を守ることができる。公衆衛生の向上のためにmeme学の重要性がさらに認識されることを期待する。

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