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医事刑法学者のひとりごと―「積極的安楽死」と「消極的安楽死」―第1回[提言]

No.5043 (2020年12月19日発行) P.50

小林公夫 (一橋大学博士,獨協医科大学医学部医学科学外講師)

登録日: 2020-12-21

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  • 今から10数年も前のことである。福島県立大野病院事件について専門誌「法律時報」で論評した1)ところ,「産科医療のこれから」というサイトでその論文が紹介され,多くの産婦人科医師らに興味を持って読んで頂いた。しかしながら,読後感想は芳しくなかった。「何やら書かれていることが専門的すぎて難しい。もう少し一般的なわかりやすい内容にならないものだろうか」と,多くのコメントを頂戴したのである。
    その後「日本医事新報」に修復腎移植や自己血輸血法についての論稿を寄稿してきたが,やはり反応は同様だった。理由として考えられるのは,法律の専門用語や言葉遣いの難しさにあるのだろう。書き手と読者との間に大きな隔たりが存在していたのだ。今回の連載ではその辺りに配慮しつつ,医師の皆様にわかりやすく記してみたい。
    また,日頃目にしないであろう裁判の判決文も抜粋し,やや長いが重要な該当箇所をあえてそのまま載せてみたが、それには訳がある。法律の世界からどういう要請があり,どういう主張がなされているか。それを知り,現場において応用して頂かなければ,専門的な論文も意味をなさない,と考えたからだ。何らかの参考となれば幸いである。

    1 ALS患者の女性への薬物投与

    2020年7月23日,京都市在住の,全身の筋肉が衰える難病「筋萎縮性側索硬化症」(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)患者の女性に薬物を投与し,殺害したとして2人の医師が嘱託殺人容疑で逮捕された2)

    この事件を契機に,「延命治療の中止」に関しては,大きく2つの問題が顕現してきたと言って良い。1つは,2019年春,新聞報道された公立福生病院事件に代表されるように,人工透析の治療中止に関わる問題だ。いわゆる「消極的安楽死」の問題である。そしてもう1つが,今回の京都の事件のように,患者が自己決定して「積極的安楽死」を求める場合に,医師はどう向き合うべきかという難題である。

    延命治療中止に言及する本稿においては,近時,注目された延命治療中止に関わる事案を詳細に分析しながら,限界事例でありグレーゾーンに位置する「人工透析治療中止」の事例について,医事刑法学の立場から率直な主張を試みたい。

    まず,この7月に報道された直近の事案を見てみよう。患者の死期を積極的に早める「積極的安楽死」の範疇に類型化される事例である3)

    事案は,ALS患者の女性から依頼を受け,京都市内の患者自宅で医師2人が薬物を投与・殺害したとして,宮城県名取市でクリニックを開業するO容疑者(42)と,東京都港区のY容疑者(43)が嘱託殺人の疑いで逮捕されたというものである。報道によると,2人は女性の主治医ではなく,SNSを通じて知り合ったと見られている。当日は知人を装い,偽名でALS患者の女性が暮らす京都市中京区のマンションを訪問。昨年11月30日午後5時半ごろ,薬物を投与し,殺害した疑いがあるという4)

    ALS患者の女性は一人暮らしで,介護が24時間必要な状態であった。当日はヘルパーが異変に気づき,連絡を受けた主治医が119番通報し,搬送先の病院で死亡が確認された。検査で薬物反応があったことから府警が捜査し,普段服用していない薬が投与されていたことが判明した。Y容疑者の口座に女性から,現金130万円が50万円と80万円の2回にわけて振り込まれていたことも確認されたという5)

    女性のものとみられるブログには,
    「最近唾液が飲み込めず,1日中むせて咳き込んでる。
    すごく辛い。早く楽になりたい。
    なぜこんなにしんどい思いをしてまで生きないといけないのか,私にはわからない。
    どうしてもわからない。咳き込みと吸引で1日が過ぎる。
    助からないとわかっているなら,どうすることも出来ないなら,本人の意識がはっきりしていて意思を明確に示せるなら,安楽死を認めるべきだ」6) と書き込まれていた。

    一方,O容疑者のものとみられる匿名のSNSアカウントには「死にたい奴に苦痛なく死なせてやることはできるのだが,後がめんどくさいからな」などと投稿があった,という6)

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