旅先では、その土地に関係する本を読むのが最高である。いちばん記憶に残っているのは、1865年にマッターホルン初登頂に成功したエドワード・ウィンパーが著した山岳文学の名著『アルプス登攀記』(岩波文庫)をご当地で読んだことだ。
マッターホルンを眺めながらその本を読み、翌日は博物館で、下山中に切れて墜落死亡事故を引き起こしたザイルを見た。ほんとうに贅沢な経験だった。
長期の旅行や出張に出る時は、読む物がなくなったら怖いので、必要以上にたくさんの本を持って行く。結局あまり読めずに帰ってくることがほとんどなのだが、活字中毒者特有の癖はなおらない。
今回の旅行での贅沢読書は『懐かしい未来ラダックから学ぶ』(懐かしい未来の本)だった。外国人の立ち入りが許可されるようになった直後、1975年からラダックで過ごしたスウェーデン人女性による本である。
基本的に予習好きなので、ラダックに行く前に読むつもりだった。しかし、最初にあるラダックの伝統的な暮らしや価値観のところでつまずいた。なんだか現実と違いすぎて、頭にはいってこなかったのだ。
ところが、百聞は一見にしかず。トレッキングでホームステイをして、現地の生活を垣間見たとたん、さくさくと読めるようになった。えらいもんである。
それだけでも贅沢なのだが、ヌブラ谷で泊まったホテルでの読書が最高だった。コテージはシンプルだがプライベートガーデン付き。鳥のさえずり以外何も聞こえない静けさの中でビールを片手にこの本を読む。この世の天国だ。
ただし、本の内容は厳しい。グローバル化が進み、ラダックの文化が破壊されていくのではないか、という内容である。実際、その予言のとおり進んでしまっている。
ヌブラ谷はインダス川の支流にある。関係ないけど『ガンジス川でバタフライ』のおねえさんは今頃何をしているのかと、急に気になった。検索したら『ダライ・ラマに恋して』(幻冬舎文庫)という本を出している。この本も最高に面白かった。
15年ほども前の本で、当時のラダックは今とはずいぶんと違っていたようだ。その頃に訪れていたら、はるかに刺激的だったろう。時代を遡ることなどできないけれど、もっと昔に行っておきたかったなぁ。
なかののつぶやき
「ホテルのプライベートガーデンからの景色。遠くに見える山は標高5000~6000メートルです。絶景にビール、いやぁ、ほんまに最高の読書でした」