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【私の1冊】花神

No.4924 (2018年09月08日発行) P.67

岡村智教 (慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教授)

登録日: 2018-09-04

最終更新日: 2018-09-04

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司馬遼太郎著、新潮文庫(全3巻)。周防の村医から一転して官軍総司令官となり、維新の渦中で非業の死をとげた、日本近代兵制の創始者・大村益次郎の波瀾の生涯を描く。

変革期における社会の多様性

中学二年の時、大河ドラマ「花神」が放映され、地元の萩市が舞台になることから視聴するようになった。興味を持ったこともあり夏休みに小説版を購入した。テレビは同じく司馬遼太郎による小説「世に棲む日日」なども原作にしていたため、高杉晋作が格好よくてそれを期待して読んだのだが、小説は石州口での戦いを除いてとても地味な印象だった。

三年前くらいに埃を被っていた本を取り出して再読してみると、これは激動の時代を生きた一技術者の半生記だった。大村は町医者の跡継ぎであり最先端の医学を適塾で学んだ。しかしコミュニケーションに難があって医師に向いておらず、その後、宇和島で蒸気船を作ったり軍事技術本の翻訳をしたりして、ついに明治政府の軍事責任者になるという数奇な運命を辿っている。

その過程で様々な人物が登場するのだが、改めて幕末が分割・割拠の時代だったということがわかる。幕末ものの常連である薩長土の志士だけでなく、終盤に最新兵器を持って登場する佐賀、誇りをかけて戦った会津、中立を試みた長岡、どこも多士済々である。もちろん幕府にも多くの人材がいた。最終的には薩長勢力が勝ったのだが、それはお互い切磋琢磨した結果であり勝敗はある意味時の運である。おそらくどの勢力が最終的に政権を取ったとしても近代国家としての日本は立ち上がったであろう。

皮肉なことに明治維新によって集権化が進み、現在はそれが行き過ぎた状態ではないだろうか。現在の公共事業や研究費の配分においても、選択と集中が正しく、広くばら撒くのは悪平等の見本のように言われることが多い。しかし現在の視点の選択が未来に花開くかどうかは誰にもわからない。多様性の維持は種としての生き残りの条件であろう。

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