株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

逆Yの悲劇[プラタナス]

No.4914 (2018年06月30日発行) P.3

廣田弘毅 (富山大学附属病院麻酔科診療教授)

登録日: 2018-06-30

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
    • 1
    • 2
  • next
  • 頭の中でアラートが点滅している。何か変だ…すごくおかしい…。

    その頃まだ駆け出しの麻酔科医だった私は、椎間板ヘルニア(第4/5腰椎)手術の全身麻酔をかけていた。この手術は患者を腹臥位にして、椎体後方から細長い鉗子(髄核鉗子)で脱出ヘルニアを摘出するもので、通常なら出血もなく短時間で終わる。患者に特別なリスクはなく、何でもない麻酔…のはずだった。

    その患者の血圧が58/42mmHgに下がっていた。術野に出血はなく、冠不全やアレルギーの徴候もない。麻酔薬濃度を下げ、昇圧薬を投与するがショック状態は増悪する一方だ。患者の異変を執刀医に告げると、予期しない言葉が返ってきた。

    「髄核鉗子が深く入りすぎたかもしれない」

    鉗子とショックに何の因果関係が…? 私は訝しんだが、その刹那、ある解剖学的事実に思い至り戦慄した。腰椎前面には大動脈と下大静脈が併走している。後方から挿入された髄核鉗子が深く入り過ぎれば、それらの大血管を損傷する可能性がある。椎体前面の出血は術野から直接見えない。

    静かだった午後の手術室は一転、コード・ブルーとなった。手術は中止して患者を仰臥位とし、輸液・輸血および昇圧薬を投与した。開腹して外科的に止血する手もあったが、その病院に血管外科医はいなかった。患者をICUに入室させ保存的に治療することとなった。

    残り481文字あります

    会員登録頂くことで利用範囲が広がります。 » 会員登録する

    • 1
    • 2
  • next
  • 関連記事・論文

    もっと見る

    関連書籍

    関連求人情報

    もっと見る

    関連物件情報

    もっと見る

    page top