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急性脳炎

登録日:
2017-03-16
最終更新日:
2017-07-19
亀井 聡 (日本大学医学部内科学系神経内科学分野教授)
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  • ■疾患メモ

    急性脳炎とは,急性発症する脳実質の炎症と定義される。

    病原としては,中枢神経系へのウイルス,細菌,結核菌,真菌,寄生虫などの感染性,感染に引き続いて起こる傍感染性・感染後性脳炎(急性散在性脳炎),さらには抗体を介した脳炎(N-methyl-D-aspartate受容体脳炎など)など多岐にわたる。

    脳炎の発症頻度は人口10万人当たり0.7~13.8人と比較的稀な疾患である。

    しかし,これら疾患の多くにおいて,初期治療が患者の転帰に大きく影響し,神経学的な緊急対応疾患として位置づけられている。

    ■代表的症状・検査所見

    【症状】

    症状は,発熱と意識障害を含む脳症状からなる。

    代表的症状としては,現在および最近の発熱,また感冒様症状の先行,意識障害や意識の変容,痙攣,急性の認知機能障害や性格変化,急性の精神症状(言動および行動異常),神経学的な巣症状,および不随意運動が挙げられる。

    しかし,疾患により出現する症状・症候に特徴がある。以下に代表的な疾患の特徴を述べる。

    〈単純ヘルペス脳炎〉

    単純ヘルペス脳炎(herpes simplex virus encephalitis:HSVE)では,精神症状を66%で認め,うち15%は発熱や意識障害より前に出現する。

    多くは急性経過で,側頭葉・辺縁系症状(人格変化,異常行動,記銘力障害,感覚性失語,性行動異常など)が多く,運動麻痺は少ない。

    意識障害の程度は,覚醒度の軽度低下から高度意識障害,幻覚や妄想,錯乱など意識の変容と様々である。

    英国の診療ガイドライン1)においては,脳炎が示唆される場合は直ちにアシクロビルを開始することが推奨されている。

    〈ヒトヘルペスウイルス6型脳炎〉

    ヒトヘルペスウイルス6型(human herpesvirus 6:HHV-6)は突発性発疹の病原として同定されたが,造血幹細胞移植後の辺縁系脳炎の病原ウイルスとしても知られる。

    本症は小児のみならず成人でもみられる。

    本症の急性期の症候は,非常にHSVEと類似しているが,即時記憶障害の頻度が73%と非常に高い。

    移植後の患者に即時記憶障害が出現した場合,直ちにMRIによる検索が迅速な治療の上から重要である。

    一般に,本症の経過は急激に増悪し,中枢性低換気・昏睡が出現し,治療が遅れると死亡や即時記憶障害などの後遺症を呈する。

    〈抗NMDA受容体脳炎〉

    若年成人女性に好発するが,小児から成人まで広く発症し,多くは感冒症状などの前駆症状に引き続き,精神症状で初発する。

    経過とともに意識障害,痙攣,不随意運動,自律神経症状,中枢性低換気を呈し,急性期には人工呼吸器管理を要する場合も多く,また各症状は治療に抵抗し,遷延化することがあるが,積極的な治療により長期的予後は良好である。

    典型的経過2)は,①感冒症状の前駆期に始まり,②不安・興奮・幻覚・妄想などの精神症状を呈する精神症状期を経て,③各種刺激に対する反応が著明に低下する無反応期に至る(開眼していても一点を凝視し,自発的な運動もなく,カタトニアに類似した状態を呈し,この時期に中枢性低換気から人工呼吸器管理となることが多い)。

    ついで,④痙攣・不随意運動期(治療抵抗性の痙攣と口舌ジスキネジア,上肢ジストニア,ミオクローヌス,舞踏運動,オピストトーヌスなど全身の多様な不随意運動を呈し,この時期には頻脈/徐脈,血圧変動,唾液分泌亢進などの自律神経症状を認める)を経て,⑤緩徐回復期(意識を含めた各症状が緩徐に回復)をたどる。

    しかし,軽症例や一部の症状を前景として経過する例もある。

    【検査所見】

    症状や症候から脳炎が疑われた場合,迅速に神経放射線学的検査(頭部CTやMRI),髄液検査,脳波検査を行い,その病因に比較的特徴的な所見を検討する。

    一方,病因確定検査として,髄液の塗抹培養,病原体のウイルス分離や抗体の測定,病原体のpolymerase chain reaction(PCR)法による検出などが必要である。以下に代表的な疾患の特徴を述べる。

    〈HSVE〉

    髄液で単核球優位の細胞増多と蛋白濃度上昇(ただし,正常もある)を呈する。

    頭部CTは,側頭葉および前頭葉や島回に左右差のある低吸収域(77%)や高吸収域(33%)を認める。しかし,発症1週間以内の病巣検出率は低い。

    脳波は,発症直後よりほぼ全例で異常を認め,巣性異常(非発作性56%,発作性45%)を呈する。比較的特徴的な周期性一側性てんかん型放電は,発症早期に約1/3~1/2の症例で認める。

    頭部MRIは,発症早期より左右差のある側頭葉内側を中心に前頭葉・辺縁系に及ぶ病巣を検出する。

    症候・検査から本症を疑ったら直ちにアシクロビルを開始する。

    病因確定は,①血清学的診断法として,経過に一致した髄液HSV抗体価の有意な上昇または髄腔内抗体産生所見の確認がある。②ウイルス学的診断法としては,PCR法による髄液内HSV DNA検出が標準的検査法である。最小検出感度の点から高感度PCRが推奨される。しかし,高感度PCRでも陽性率は発症48時間以内と発症14日以後,さらにアシクロビル投与1週間以後は低くなり,臨床的な意味での偽陰性を呈する。したがって,発症早期に陰性の場合,治療は継続し,PCR再検を推奨している。

    〈HHV-6脳炎〉

    頭部MRIにおいて,HSVEで検出される病巣が内側側頭葉とそれ以外の病巣まで分布し,またその分布に左右差があるのに対し,本症では,検出される病巣が両側の内側側頭葉に限局することが多く,左右差が少ないのが特徴3)と言える。

    髄液PCRにてHHV-6を同定し,早期にガンシクロビルを開始することが必要である。

    〈抗NMDA受容体脳炎〉

    本症は血清・髄液中から抗NMDA受容体抗体を検出することにより診断される。

    NR1およびNR2のDNAをトランスフェクションによりHEK293細胞に発現させ,患者血清・髄液を反応させるcell based assay(CBA)を用いた測定法が確立されており,早期に本症を診断することが可能である。

    他の検査所見として,わが国での検討4)では入院時髄液所見の細胞数・蛋白濃度の平均は各々,70/μL,50mg/dLと比較的軽度の上昇である。

    また,脳波異常は89%に全般性徐波や発作性異常がみられたものの,てんかん性発作波の検出は約30%と少ない。

    最近,本症の成人例における特徴的な脳波所見として,1~3Hzの律動性δ波に前頭優位に20~30Hzの律動性β波が重畳した"extreme delta brush"が報告5)された。本所見は急性期の30%の患者にみられ,入院の長期化との関連が示唆されている。

    脳MRIでは,T2強調画像/FLAIRにおいて内側側頭葉を含めた皮質や皮質下に異常を認めた例は34%にとどまり,66%では異常を認めない6)。さらに,慢性期にかけて脳萎縮を伴うことがあるが,この変化も可逆的である7)

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