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(1)特発性正常圧水頭症(iNPH)発症の背景[特集:超高齢社会の今,特発性正常圧水頭症(iNPH)に注目を!]

No.4876 (2017年10月07日発行) P.28

伊関千書 (山形大学医学部内科学第三講座神経学分野講師)

加藤丈夫 (山形大学名誉教授/山形市保健医療監)

登録日: 2017-10-06

最終更新日: 2021-01-07

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  • 脳MRIの悉皆調査に基づきiNPH疑いの住民を見出す疫学的報告が日本から相次ぎ,これまで考えられていたよりもiNPHが疑われる住民が多かった。また,iNPHに類似する脳画像を呈するが無症候である住民(asymptomatic ventriculomegaly with features of iNPH on MRI:AVIM;エイビム)の存在も明らかになった

    iNPHのリスクファクターとして,心血管リスクファクター,およびそれとの関連が強い大脳白質病変が挙げられているが,iNPHの病態・病理との関連については不明な点が多い

    山形県の家族性NPH(常染色体優性遺伝)の発見により,孤発性であるiNPHにも遺伝的要因が発症に寄与する可能性が示唆された。iNPHのリスク遺伝子としてSFMBT1遺伝子のコピー数多型が発見されている

    1. 特発性正常圧水頭症(iNPH)の疫学

    特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus:iNPH)のような病因が不明である疾患の発症の背景を考える上では,疫学研究が重要である。古くは,続発性正常圧水頭症(secondary NPH)をはじめ,そのほかの病因が混在したNPH集団をとらえていたためiNPHに限った疫学は不明であるが,その時代のNPHの大規模な疫学報告では,1992年のオランダの多施設研究,hospital-based studyからのものがあり,NPHの発症率は年間人口100万人当たり2.2人と報告された1)。ノルウェーのある地域で行われたiNPHの啓発キャンペーンにより病院に紹介された患者数の報告では,有病率は人口10万人当たり21.9人である2)が,全体としてiNPHの疫学報告は数えるほどしかない(表1)。

     

    わが国からは2008年以降にpopulation-based studyが続き,いずれも脳MRIを含んだ住民健診の中で,画像上iNPHが疑われ,かつ症候がある高齢者を抽出するという共通した方法によって有病率を求め,宮城県の65歳以上の住民で2.9%3)や1.4%4),山形県の61歳以上の住民で0.5%5),島根県の65歳以上の住民で2.8%6)と報告された。また,筆者らの山形県高畠町における2000~10年の10年間にわたる観察によって,70歳以上の住民におけるpossible iNPH with MRI supportの発症率を求めると,1.2/1000人/年であった7)。これらわが国の疫学報告から推測すると,hospital-based studyから従来報告されていたものと比較して患者数がかなり多いと推定される。この差について考察するため,筆者らが報告した山形県の疫学調査について概説する。

    まず,山形県の疫学調査では,日本各地で施行されたpopulation-based study同様,確定診断に必要であるが侵襲の高い脳脊髄液検査やシャント手術は,多くの住民で施行することができず,definite iNPHの有病率ではない。山形県では,2000年より地域在住高齢者を対象に,参加者全例の脳MRIを含む住民健診を継続的に行い,まず画像所見として脳MRIでEvans Indexが0.3より大きく,かつ,くも膜下腔の不均衡な拡大を伴う水頭症(disproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus:DESH)所見がある住民を抽出した。

    「知的機能低下あり」は,MMSE(mini mental state examination)が23点以下,もしくはHDS-R(Hasegawa dementia scale revised)が21点以下と定義した。「画像上DESH所見があり,歩行障害または知的機能低下のどちらか1つ以上がある場合」にiNPHを疑う住民とし,これはわが国の「特発性正常圧水頭症診療ガイドライン」におけるpossible iNPHの定義を満たすものであった〔同ガイドライン第2版(2011年)〕。この研究の特徴としては,脳画像診断によって住民を抽出したこと,possible iNPHであっても悉皆的な髄液検査は困難で,有症状であった一部の症例にしか施行できなかったことに加え,対象住民で自ら医療機関を受診した人は,疫学調査でpossible iNPHと判定した8人のうち1人のみであり,ごく軽症のiNPHを発見していたことと考えられる。また,認知症や歩行障害が他覚的に指摘できる場合でも,iNPH疑いの住民は受診や検査を渋り,病識および意欲の低下が強いという本疾患の認知機能が反映された行動であった。病院を受診する患者のみを診るだけでは,地域に潜在するiNPH患者を見逃す可能性が高いと思われる。

    さらに筆者らは,DESH所見はあるものの症状を呈していない無症候の住民が存在することを見出し,これをAVIM(asymptomatic ventriculomegaly with features of iNPH on MRI)と呼び縦断的にフォローしたところ,4~8年で8人中2人が症候を呈するようになり,iNPHに対するpreclinical iNPHととらえられる住民,もしくはiNPH発症へのリスクがある住民がいることを見出した5)。AVIMについて,わが国の多施設での登録研究が開始しており,今後AVIMからの縦断的な発症がどの程度あるのか明らかになることが期待される。

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