株式会社日本医事新報社 株式会社日本医事新報社

CLOSE

飛沫の飛ぶ距離は? 対面調理時の衛生面への影響は?

No.4814 (2016年07月30日発行) P.66

鈴木穂高 (国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部 主任研究官)

登録日: 2016-07-30

最終更新日: 2016-10-30

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

【Q】

(1)くしゃみ,咳,話す時の飛沫の飛ぶ距離はどれくらいですか。
(2)対面調理のように,カウンターの向こうに板前がいて料理を出すような場合(寿司屋,おでん屋など),板前がマスクやゴム手袋をしているとムードが出ませんが,食品衛生上,どの程度影響があるのでしょうか。 (石川県 S)

【A】

(1)飛沫の飛距離
まず,飛沫の定義ですが,一般に直径5μmよりも大きな水滴とされています(文献1,2)。飛沫の落下速度は(無風状態で)30~80cm/秒であることから(文献1,2),立った状態の成人の口から出た飛沫が地面に落ちるまでの飛距離は2~5m程度ということになります。医学領域においては,よく飛沫の飛距離は1m以内と言われますが,これは飛沫感染,つまり保菌者の口から出た飛沫が周囲の人の口や鼻に到達して感染を引き起こしうる距離のことだと考えられます(文献2,3)。
飛沫感染に対し,飛沫核感染(空気感染)というものもあります。これは比較的小型の飛沫が空気中で乾燥し,直径5μm以下の小粒子となった飛沫核を吸い込むことにより感染が引き起こされるものです(文献2,3)。飛沫核の落下速度は0.06~1.5cm/秒であり,長期間空気中に浮遊し,空気の流れによって広範囲に飛散するのが特徴です。
くしゃみでは,1回あたり約4万個の飛沫と飛沫核が生じるとされています。咳では1回あたり約3000個,また,5分間話すだけでも約3000個の飛沫と飛沫核が生じるとされています(文献1)。
(2)調理時にマスクやゴム手袋を着用しないことによる食品衛生上の影響
帽子は異物(髪の毛)の混入防止のため,手袋は手指からの食品汚染防止のため,そして,マスクは飛沫による食品汚染防止のために着用されるものです。食品製造施設等では着用を義務づけているところが多いようです。対面調理の場合,食品が個別に提供されることから(調理者や給仕者が)異物の混入に気づきやすく,また,食品の提供から消費までの時間が短いことから,手指や飛沫由来の病原体が食品中で増殖して起こるような食中毒のリスクは低いと考えられます。保菌者の飛沫中に排出され,食品中で増殖することなく,食品衛生上の問題を引き起こすような病原体はほぼ存在しないと言ってもよいかと思います(嘔吐直後などの特殊な状況は除きます)。
一方,飛沫感染,飛沫核感染する病原体というものは確実に存在します(主な病原体としては,肺炎球菌や百日咳菌,結核菌,インフルエンザウイルス,風しんウイルス,麻しんウイルス等があります(文献3))。また,上述したように,会話などの際には飛沫と飛沫核が生じており,話をしながら調理をしていれば,当然,多少の飛沫は食品上に落下していると考えられます。飛沫が食品上に落下する可能性,飛沫中に病原体が含まれる可能性,その病原体によって感染が起こる可能性はいずれもゼロではない以上,飛沫から食品経由で感染が起こるリスクは科学的にはゼロだとは言えないということになるかと思います。
ただし,このような病原体は食品を介さずとも飛沫や飛沫核により直接,感染が成立することから,通常,食品衛生上の問題とは認識されません。また,そのリスクは非常に低いものと考えられます。しかし,リスクがゼロでない以上,質問者さんの言われる「ムード」とリスクのどちらを優先するかは,個々人が選択するものだと考えます。

【文献】


1) World Health Organization:Natural ventilation for infection control in health-care settings. Atkinson J, et al, eds. WHO Publication/Guidelines, 2009.
2) 第1回重症急性呼吸器症候群(SARS)に関する講演会の概要資料. [http://www.anzen.mofa.go.jp/sars/
pdf/k-6.pdf]
3) 保育所における感染症対策ガイドライン(2012年改訂版). [http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/
pdf/hoiku02.pdf]

関連記事・論文

もっと見る

関連書籍

もっと見る

関連求人情報

関連物件情報

もっと見る

page top