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認知症簡易検査法の回答における患者別難易度差への対応

No.4693 (2014年04月05日発行) P.67

三浦利奈 (独立行政法人国立長寿医療研究センター精神診療部主任心理療法士)

登録日: 2014-04-05

最終更新日: 2016-10-18

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【Q】

認知症の疑いのある患者によく用いられる簡易検査法に長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMini-Mental State Examination(MMSE)などがあるが,その質問事項の中に場所の見当識を問う問題がある。日頃これらの検査を行っていて疑問に思うことがある。それは,これらの質問に対する返答は患者の置かれている状況によって難易度に差があるのではないかということである。たとえば,長く施設に入って生活している患者に対してその施設に赴いて検査する場合と,初めて医療機関を受診させて診察室で検査する場合では,明らかに後者のほうが正答しにくいということは,患者の立場に立てば明らかなことである。この点で生じうる認知症評価上のバイアスに関してどうとらえたらよいか,識者の意見を。 (新潟県 H)

【A】

患者別難易度以上に重要な点が存在する。結果とした現れた数値だけではなく,失点パターン,反応内容,患者の身体的精神的状態(意識水準,視力,聴力,不安,易怒性,症状の変動など),生活歴(引っ越しの有無など)も考慮して認知機能低下の有無と程度を見きわめなければならない。
認知症の臨床診断のためには,認知機能障害,日常を含めた社会生活障害の2つの側面に注目しなければならない(DSM-Ⅳ-TR)。極端な例を挙げれば,認知機能障害が明らかに認められても,以前と変わらない社会生活を営めていれば,認知症とは言えない。その逆もしかり,である。いずれにしても,認知機能の評価は認知症の臨床診断において不可欠である。

(1)認知機能の評価
認知機能には,言語,認知(=あるモダリティから入力された情報を認識すること),記憶,見当識,構成など様々な領域が存在する。さらに意識水準を一定に保ち,これらの認知機能の土台となる全般性注意(general-ized at-ten-tion)も忘れてはならない。全般性注意障害により,他の認知機能が低下しているように見えることもあるからである。全般性注意障害に加えて様々な認知機能や知覚の障害,妄想,自律神経系の亢進,感情の障害なども伴う,せん妄の有無の確認も重要である。
認知機能のスクリーニング検査としては,HDS-RやMMSEが幅広く用いられており,カットオフ値も定められている。この値,あるいは何らかの基準で定められた値によって線を引くことは,得られた結果をマスデータとして扱う場合には必須である。一方,臨床場面においては,総得点がカットオフ値から見てどの位置にあるのかについては,あくまでも目安としてとらえたほうがよいと筆者は考える。

(2)失点パターンの違い
全体のスコアと同程度に,あるいはそれ以上に重要であるのは失点パターンと反応内容である。以下に,架空の症例の検査結果を提示する。
・症例1:MMSE 23/30(失点項目:時間-1,場所-2,呼称-2,読解-1,書字-1)
・症例2:MMSE 23/30(失点項目:時間-2,場所-1,遅延再生-3,構成-1)
これらの結果は総得点が同じであるから,認知機能の低下も同程度と推測されるかもしれない。しかしここで失点パターンに注目すると,症例1では言語関連項目である呼称の失点が特徴的である。そして読解では,「漢字が読めない,仮名は読めるけど」としており,書字では「漢字が全然書けないから無理」と書こうとしなかった。さらに時間見当識では,「今の季節は?」という質問に対して「季節って何ですか?」と返し,場所見当識では建物名について「漢字が続いていて……最初が国で最後がセンターとか何とか(正解:国立長寿医療研究センター)」としていた。なお,地方では,「天気予報とかのあれでしょ? 場所はわかるけど名前が……」と返答したのであれば,おそらく言語面の症状が顕在化しており,それが急激な発症でなければ,アルツハイマー病とは異なる変性疾患の存在を疑わなければならない。なぜなら,アルツハイマー病では典型的には言語症状よりも前に近時記憶障害が顕在化するからである。
一方,症例2では,「6月です」,「もうすぐ秋です」,「ここは3階,さっきエレベーターに乗ったし」(正解:2月,冬,1階,エレベーターに乗ったのは立体駐車場で)と返し,そして「さっき言葉なんか覚えました?」と返答し,さらに2つの五角形が描けても重なっていないとすれば,近時記憶,見当識,構成能力の低下は明らかであり,最も疑われる疾患はアルツハイマー病とされる。

(3)見当識の返答内容の違い
ここで一度確認するが,見当識とは「外界の関係の中での自己の認識」(文献1)である。時間の見当識とは常に流れている時間軸のどこに自分が存在しているか,場所の見当識とは無限の広がりを持つ空間のどこに自分が存在しているかを認識することである。仮に,来院前に家族が患者に今日の日付と建物名を覚え込ませていたとしたら,それは見当識が保たれていると言えるだろうか。
ここで,以下に架空の症例のMMSE見当識結果を提示する。
・症例1(老人ホームに入居して1年経過):時間-3,場所-1
・症例2(大阪市で1人暮らし,愛知県名古屋市在住の娘宅に前泊しての初診):時間-2,場所-2
・症例3(当センター近隣に在住,愛知県豊橋市在住の付き添いの息子の仕事の都合で,曜日を固定しての再診):時間-1,場所-2
結果だけ見れば,症例1・2の見当識の低下は同程度,症例3はほかの2例より良好と言えるが,返答内容を見るとそれは誤りだとわかる。
症例1の施設ではリハビリとして現実見当識訓練が行われており,月日は正確に答えられたが,年は「昭和なのは確かだけど……」,曜日は「毎日が日曜日だし」,季節は「もう桜は終わった(正解:冬)」,地方は「日本のどこらへんと言われてもね」と返答した。
症例2は,日付と曜日は同じ方向へ1日ずれ,市名は「名古屋か名古屋の隣だったか……(正解:大府市,名古屋市の南隣)」,建物名は「国立か県立の病院で,名前までは……」と返答した。
症例3は「暑いくらいだから夏です(正解:冬,暖房がきいた部屋でもコートを脱がなかった)」,「ここは豊橋(正解:大府市,豊橋市と大府市は東西に大きく離れている)」,「5階(正解:1階,昨年末は5階の病棟に入院していた)」と返答した。
以上,3名の中で最も見当識が保たれているのは症例2である。

(4)実際の採点はどう行うべきか
このように,同じ得点である場合でも疑われる症状と,その程度も多様であるため,得られた結果の背景に注目しなければならない。また,パフォーマンスに影響を及ぼす要因,たとえば前述の全般性注意障害,せん妄,視力や聴力の低下,症状の変動,検査時の精神状態(不安が強いか,攻撃的かなど)についても観察する必要がある。論文などで報告される症例やデータとの比較のためには,採点自体は一般的な基準で行うことが適切であるが,その結果をこれらの観点から解釈すれば,患者の症状を見誤るはずはないと筆者は考える。

【文献】


1) Lezak MD, et al:Neuropsychological assess-ment. 4th ed. Oxford University Press, 2004;鹿島晴雄, 監:レザック 神経心理学的検査集成.創造出版, 2005, p179.

【参考】

▼山鳥 重:神経心理学入門. 医学書院, 1985.
▼博野信次:臨床痴呆学入門─正しい診療 正しいリハビリテーションとケア. 金芳堂, 2001

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