村上正泰 (山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)
登録日: 2025-08-28
最終更新日: 2025-08-20
大学病院の経営悪化が深刻になっている。大学病院の機能を維持するためには、財政支援が不可欠だが、同時に大学病院のあるべき役割を考えなければならない。
言うまでもなく、大学病院は最先端の医学研究に取り組んでおり、臨床現場での実用化を通じて、その成果を患者に還元している。しかし、大学病院を受診する患者の多くが、大学病院でしかできない特殊な治療を受けているわけではない。大学病院で行う治療の技術の専門性や難易度は高いにせよ、他の急性期基幹病院でも実施可能な治療を受けている患者も多い。
特に急性期治療の需要が減少する地方では、大学病院と県立病院などの基幹病院の間で、患者の奪い合いが生じている。大学への運営費交付金が減少し、病院経営で稼がなければならなくなった結果、集患に力を入れざるをえない。そのため、診療に追われる大学病院では、研究時間を確保することが難しくなっている。その一方で、競合する基幹病院も患者が減少し、経営状況が悪化している。地域医療構想の議論が進められているが、大学病院についても、地域内での役割分担の明確化と、それをふまえた運営体制の見直しが不可欠であろう。
また、大学病院の役割を医師の育成を目的とした医育病院とした場合、大学病院だけではそれを完結することはできない。というのも、大学病院はプライマリ・ケアなどの機能は担っておらず、今後増加が見込まれる超高齢患者の医療・介護の複合的ニーズに対応する役割は期待されていないからである。専門性の高い医師の育成が必要なのは当然のことだが、それ以上に求められるのは慢性疾患を抱えた虚弱・要介護高齢者の複合的で全人的な医療ニーズに対応することができる医師である。すなわち、専門性の高さを追求する大学病院の機能と、養成が求められている医師像がすべてにおいて一致しているわけではない。実際、医学生の実習も、大学病院だけではなく、関連病院でも行われている。初期臨床研修でも、大学病院よりも、市中病院が人気になっている。医師の育成のあり方にも見直しが求められる。
大学病院の重要な役割として、関連病院への医師の派遣も挙げられる。市中病院が診療機能を維持するために大きく貢献していることは間違いないが、関連病院の医師の異動を大学病院の教授が決定するというのは、他に類を見ない特異な仕組みである。影響力は以前よりは弱くなってきているが、これは明治以来の医局講座制に由来する歴史的問題である。しかし、関連病院まで含めた非公式なネットワークである医局制度をどのようにとらえるかは、大学病院のみならず、これからの医療提供体制改革を考える上で重要な課題である。
なお、非常勤による医師応援については、大学病院の給与水準が低い医師の生活費を補填しているという側面もあるが、本来的には大学病院における処遇改善が必要である。また、大学病院からの医師の派遣が必要な病院機能の再編や統合を阻害することのないように、留意する必要もある。
村上正泰(山形大学大学院医学系研究科医療政策学講座教授)[病院経営][大学病院]