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【識者の眼】「リスクマネジメントから考える組織文化の課題」松原由美

No.5274 (2025年05月24日発行) P.60

松原由美 (早稲田大学人間科学学術院人間科学部教授)

登録日: 2025-03-31

最終更新日: 2025-03-28

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リスクマネジメントの教科書で定番事例の1つに、2000年の雪印乳業食中毒事件が挙げられる。原因が解明されない中での公表は混乱をまねくという理由で、公表を先延ばしし、対応が後手に回ったことで被害が拡大した結果、被害者は1万人を超えた。さらに記者団に対する「そんなこと言ったってねぇ、私は寝てないんだよ!」という社長の発言は繰り返しメディアで配信され、企業イメージを大きく損ねた。

これは社長が交代すれば問題が解決する話かというと、そうではないだろう。事件や事故がおきると、個人の責任追及に目を奪われがちになるが、それをおこす組織文化にこそ変革が求められる。慣れ親しみ、そもそも目にはみえない組織文化にどう対応するのか。

1つは、この場合はどう行動すべきか(すべきでないか)、重要事項について組織のミッション、戦略と合致した内容を示し、定期的にその内容について教育、研修することである。東日本大震災の際に、非正規社員が大半を占める東京ディズニーリゾートで見事な対応ができたのは、年間180回に及ぶ防災訓練と顧客の安全を第一とする教育の賜物だろう。

もう1つは、人間は間違えるという事実を共有することである。人間は間違えるとわかれば、失敗の報告に対して叱責するよりも、同じことが起きない仕組みづくりに注力するほうが合理的と判断できよう。正直な報告なくして適切な組織的対応、改善を図ることはできない。失敗しても、報告することで叱責されずに組織がよりよくなるとわかれば、失敗した者も安心して報告しやすくなる。

横浜市立大学附属病院での患者取り違え事故は、看護師が術前訪問をしていたのに患者を特定できないことを恥ずかしいと思い、後輩看護師の前で名前を確認できなかったことから始まった。前稿(No.5268)の心理的安心感の重要性はここにある。組織においてできるはずのことを確実にできるようにするには、率直に聞く、意見を述べることで恥ずかしい思いをしない、処罰を受けないという安心感があることが前提となる。

命に関わる医療現場で安心して失敗されては困るという意見を聞く。しかし誰も意図的に失敗はしない。組織として絶対にゆずれない線を明確にし、そこを越えた場合は厳しく処罰することが組織マネジメントでは要諦となる。セクハラをした者をかばえば、それが許されるのかと、被害者だけではなく周囲の者も絶望し、職場のモチベーションを大幅に低下させ、離職にまでつながる可能性がある。

一方で、それ以外の失敗であれば、組織として学ぶチャンスととらえていくリーダーの度量が、心理的安心感を醸成していく。人間であれば誰でも間違える。研究によると、気さくで話しやすく、自分自身が完璧ではなくミスをする人間であることを自覚し、積極的に他者の意見を求める傾向にあるリーダーがいる病棟のほうが、心理的安心感が高く、失敗から多くを学び、成果を出している1)。これはリーダーだけの話ではなく、後輩が1人でもいれば後輩に対し、多職種連携時には他職種に対し、誰もが心がけることが求められる。

【文献】

1) Hirak R, et al:The Leadership Quarterly. 2012;23(1):107-17.

松原由美(早稲田大学人間科学学術院人間科学部教授)[リスクマネジメント][組織文化

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