新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック渦中の2021年に、世界保健機関(WHO)が『健康とウェルビーイングのためのセルフケア導入に関するWHOガイドライン(改訂版)』を発表した(その後も、改訂版が続々と発表されている)。
私たちは、健康だけでなく「ウェルビーイング(well-being)のために」という文言が新しくつけ加わっていることに驚くとともに、我が意を得たりと感動した。COVID-19による外出制限や医療受診抑制を経験し、今後の日本の保健医療システムに必要なのは、健康とウェルビーイングをめざすためのセルフケアを支援できる体制づくりであると考えていたからだった。
WHOの定義によれば、「セルフケアとは、個人、家族、コミュニティが、医療従事者の支援の有無にかかわらず、健康を増進し、疾病を予防し、健康を維持し、疾病や障害に対処する能力のこと」である。自分で管理(自己治療、自己投薬など)し、自分で検査(家庭用検査キットなど)し、自己の気づきを高める(自助、自己学習、自己効力感、自己決定権など)ことが含まれる。
世界では43億人の人々が、必要不可欠な保健医療機関での医療サービスを十分に利用できていない。また、世界人口の5人に1人に対して、人道的危機のため、必要な保健医療サービスを提供することが困難であるという。そのような状況の中で、セルフケア導入は、個人が自分のヘルスケアに積極的に参加することを促進し、健康への自律的な関与を高める後押しとなることが期待される。セルフケアは当事者がひとりで行うものだけでなく、医療者、薬局、コミュニティなどが伴走支援する場合も少なくない。
このたび、日本WHO協会、日本セルフケア推進協議会、国立国際医療研究センターが協力することにより、日本語版を上梓することができた。翻訳を許諾頂いたWHO関係者のみなさんに厚く御礼申しあげたい。
持続可能な開発目標(SDGs)の目標3(保健医療)では、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、ウェルビーイングを促進する」と書かれている。エビデンスに基づいた質の高いセルフケアの導入を勧めるWHOガイドラインは、SDGsの理念に合致したすばらしい内容である。一方、セルフケアは地域の社会経済状況や文化に根ざしたプライマリヘルスケアやヘルス・プロモーションと密接に関連している。したがって、多くの国では、このガイドラインのすべてを網羅的に実行に移すのではなく、自国の地域特性に配慮した上で活用している。言い換えれば、ガイドラインのいいとこ取りをして、自国に適応可能な部分を選択的に導入するということができる。
日本においても、国民皆保険制度などわが国の比較優位性を十分に考慮した上で、ガイドラインを応用することが望まれる。今後、日本国内におけるSDGsの目標達成とセルフケアの推進のためには、日本型セルフケアに対する探求と社会実装がますます必要になるだろう。
中村安秀(公益社団法人日本WHO協会理事長)[WHO][セルフケア][ウェルビーイング][ガイドライン]