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【識者の眼】「社会資本としての医療」小倉和也

No.5215 (2024年04月06日発行) P.66

小倉和也 (NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク共同代表、医療法人はちのへファミリークリニック理事長)

登録日: 2024-03-18

最終更新日: 2024-03-18

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韓国政府が少子高齢化による需要増や地方の医師不足に対応するため医学部の入学定員を1.5倍にすることに、反対する研修医のストライキが問題となっている。医師数増加を急ぐ考えと、研修医の低賃金過重労働の改善を優先すべきとする意見の対立などがあるようだが1)、英国で以前おきた医療職や教員による大規模ストライキや世界共通の医療介護人材不足などを考えると、より本質的な課題が見えてくる。

医療介護や教育を社会的共通資本として、イギリスのNHS(national health service)のように原則として市場原理とは別のしくみで整備維持すべきという考え方がある2)。日本の皆保険制度も概念としてはその流れを汲むものと考えられるが、開業の診療所・病院が主体となっている所有原理に基づいた部分は市場原理に依拠したものである3)。少子高齢化に伴い介護施設を急速に増やす際には介護市場に株式会社も参入させた。そうして生まれた医療保険や介護保険による公共の利益を守る社会的共通資本としての側面と、私企業による利益追求の市場原理との交錯は、医療介護連携の現場で様々な事業所と連携する上でも日々感じるところである。

個人レベルでも、教育や医療介護への社会的使命感を持ちやりがいを感じるが故に過重労働や過剰なサービス提供に甘んじ搾取の対象になりやすい側面と、相応の労働条件と賃金を求める個人的な利益を求める側面があり、適切なバランスと両立の中でケアを提供することは簡単ではない。ケア労働そのものが搾取の対象になりやすい性質を持っていることも指摘されている4)。現在在宅医療の現場での暴力・ハラスメント対策にも取り組んでいるが、そこでも患者に寄り添おうとする医療者の善意が不当な要求や行為を容認しがちな土壌となっていることも根深い問題だ。

医療介護も交通・エネルギー・上下水道のような社会資本と考えるなら、提供する主体が民間であったとしても、平時も緊急時もまた地方においても確保できるしくみを保障する必要がある。公共の利益と個人や企業の利益がうまく合致する形で、市民の健康と安全はもちろん、働く側の人権もともに守られるあり方を社会の変化に合わせて作り変えることが、どの国や地域においても喫緊の課題となっている。

【文献】

1)REUTERS公式サイト:Davies E, et al, Why South Korean doctors and the government remain at odds over walkout?(2024年3月6日)https://www.reuters.com/world/asia-pacific/why-south-korean-doctors-government-remain-odds-over-walkout-2024-03-06/

2)宇沢弘文:社会的共通資本. 岩波書店, 2000.

3)猪飼周平:病院の世紀の理論. 有斐閣, 2010.

4)Nadasen P:Care-The Highest Stage of Capitalism. Haymarket Books, 2023.

小倉和也(NPO地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク共同代表、医療法人はちのへファミリークリニック理事長)[韓国研修医ストライキ][公共の利益][私企業の利益追求][医療介護者の人権]

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