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【識者の眼】「保健所の方から来ました」関なおみ

No.5182 (2023年08月19日発行) P.61

関なおみ (東京都特別区保健所感染症対策課長、医師)

登録日: 2023-08-03

最終更新日: 2023-08-03

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毎年6月から8月にかけて腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の発生が増える。また、昨今はE型肝炎の発生にも悩まされている。

特に今年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が5類定点把握疾患へと移行し、社会経済活動の再開が進み、外食や会食の機会が増加傾向にある中、集団感染が心配だ。飲食を伴う記念式典や同窓会などを3年ぶりにまとめて盛大に開催することもあるだろうし、この夏は久々に友人や親せきと集まろう、という企画も増えることだろう。

筆者も高等学校の同級生と久しぶりに会うことになり、お勧めだという店舗に行ったところ、鶏丸一羽を注文が入るタイミングでさばき、新鮮な状態で調理するのを売りにしている店だった。カウンターのガラス越しに見える、白衣姿にゴム手袋を付けた調理人たちが、鋭利な刃物で次々と鶏をばらしていく様子は、芸術的ですらあったが、肉はかなりの厚みがあり、揚物にしても焼物にしても、中心部がかなり生焼けの状態で提供される。

楽しそうに飲んでいる席で、「保健所の者ですけど……」とはなかなか言えないし、断るわけにもいかないので、結局食べてしまったが、その後1週間近く、カンピロバクター感染症を発症しないかおびえて過ごすこととなった。

確かにグルメサイトを見ても肉料理を提供する店舗が目につくし、その多くは「生でも食べられるほどの新鮮さ」を売りにしている。生肉と焼石等をセットで提供し、客が好みの加減で焼きながら食べるといった方式のレストランもあり、自己責任という建前で焼かずに食べることだってできる。

だが、ちょっと待ってほしい。「肉」と「魚」とではルールが違うはずではなかったか。

EHECは牛の腸管の常在菌であるし、ほとんどの鶏肉はカンピロバクターやサルモネラに汚染されている。豚やイノシシ、鹿の肉にはE型肝炎ウイルス、トキソプラズマ、寄生虫(せん毛虫、有鉤条虫)が潜んでいて、馬肉にも原虫(サルコシスティス・フェアリ)がいることがわかってきた。

もちろん発生届が提出された患者に生肉やジビエの喫食歴を聞いても身に覚えがないと言われることが多いし、感染原因は生肉だけではなく、何処かで交差汚染された生野菜や漬物なのかもしれないが、あえてリスクを冒す必要は何処にもない。

一体いつからどうして動物の肉は「生」の方が美味しいと、日本人の脳に刷り込まれたのだろうか。肉が新鮮なほど寄生虫や細菌だって元気なのだから、感染リスクが高いのは当たり前である。そもそも人間が進化の過程で火を発明したのは何のためだったのか思い出してほしい。

皆さん、3類感染症と性感染症は「生」に要注意ですよ。


注:感染症法に基づく3類感染症はコレラ、細菌性赤痢、腸管出血性大腸菌感染症、腸チフス、パラチフスであり、E型肝炎は4類感染症である。その他の病原体についても、食品に起因する感染が疑われる場合は食品衛生法に基づく食中毒の届出対象となる。

【参考】

▶国立感染症研究所:特集 腸管出血性大腸菌感染症 2023年3月現在.[IASR Vol.44, No.5(No.519)May 2023].
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-vol44/12046-idx519.html

▶同上:特集 E型肝炎 2014〜2021年.[IASR Vol.42, No.12(No.502) December 2021]. 
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-vol42/10847-idx502.html

▶東京都感染症情報センター:腸管出血性大腸菌感染症の流行状況. (東京都2023年) 
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/ehec/ehec/

▶同上:E型肝炎の流行状況.(東京都2023年). 
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/hepatitis-e/hepatitis-e/

▶厚生労働省, 日本医師会, 全国保健所長会:「食中毒を疑ったときには」医師の方々への届出等のご協力のお願い. 
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/dl/iryou-pamph.pdf

関なおみ(東京都特別区保健所感染症対策課長、医師)[食品由来感染症][3類感染症][食の安全]

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