これまで、医科学の領域に男性と女性が同程度存在することがなぜ大切なのかを、主に「女性の参加を増やすこと」の必要性に光を当てて考えてきました。女性の数が増えることで、医科学の領域に女性の視座をより多く加えることができ、それは医科学の知識の発展に貢献するというのが、このコラムにおける一番の主張です。
しかし今回は、男女の数が同程度になっても、解決しないかもしれない問いをご紹介したいと思います。それが、「HPVワクチンの定期接種の対象は少女だけで良いのか?」という議論です1)。ご存知の通り、HPVワクチンをめぐっては、重篤な副反応の訴えがあって、政府の積極的な接種勧奨がいったん差し控えられたという経緯があります。しかし2020年に、これまでの2価と4価のワクチンに加えて9価のワクチンが承認され、時を同じくして積極的な接種の勧奨も再開されました。今年13歳になる我が家の娘にも、自治体から接種券が送られてきたので、先日接種を済ませてきたところです。けれども、同級生の男の子には接種券は送られてきていないことでしょう。日本では、HPVワクチンの定期接種の対象が、小学校高学年から高校1年生までの女子に限られているからです。
その理由は、HPVが主に子宮頸がんという女性の身体に生じる疾患の原因であるからです。しかしHPV自体は性交渉により感染するウイルスであるため、感染経路には男性の身体が介在します。また子宮頸がんに比べれば少数ではあっても、男性の身体に生じるいくつかのがんの原因でもあります。そのため、女性のみがHPVワクチンの接種対象とされてきたことを「ワクチンの女性化」と批判し、「女性と男性は、ワクチンの開発に伴うリスクと期待される恩恵の両方を平等に受けるべきである」と主張する論者もいます2)。実際、英国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダでは、男女がともに接種対象となっています。欧州連合は、今のところ女子のみを対象とするほうが経済効率がよいとしつつ、公平性の観点から男子を対象とすることも検討するとの指針を発表しています3)。今後、日本でもこの点についての議論は進むのでしょうか。そのためには、ワクチンの公平な提供を目指す行政に、ジェンダーの視座を含める必要がありそうです。
【文献】
1)渡部麻衣子: 現代思想. 2020;48(16):38-45.
2)de-Melo-Martin, I:Oncologist. 2006;11:393-6.
3)European Centre for Disease Prevention and Control:Guidance on HPV vaccination in EU countries;focus on boys, people living with HIV and 9-valent HPV vaccine introduction.
https://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data/guidance-hpv-vaccination-eu-focus-boys-people-living-hiv-9vHPV-vaccine
渡部麻衣子(自治医科大学医学部総合教育部門倫理学教室講師)[ワクチンの女性化]