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[緊急寄稿]WHOインフルエンザ治療ガイドラインと米国CDCの抗インフルエンザ薬選択基準(菅谷憲夫)

No.5171 (2023年06月03日発行) P.30

菅谷憲夫 (慶應義塾大学医学部客員教授,WHOインフルエンザガイドライン委員(Guideline Development Group))

登録日: 2023-04-18

最終更新日: 2023-04-18

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  • はじめに

    2022年3月に世界保健機関(WHO)から,新たなインフルエンザ治療ガイドライン(Guidelines for the clinical management of severe illness from influenza virus infections)が発表された1)。WHOガイドラインは,日本の実情にそぐわない面もあるが,今後,世界のインフルエンザ対策に大きな影響を与えるものである。2022年12月には米国疾病予防管理センター(CDC)から,キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(cap-dependent endonuclease inhibitor)バロキサビルを加えた抗インフルエンザ薬の選択基準もリリースされ2),わが国での,抗インフルエンザ薬治療にも影響があるので併せて紹介する。

    1. WHOインフルエンザガイドライン

    (1)健康人のインフルエンザは治療せず

    WHOの新たなインフルエンザ治療ガイドラインは,欧米でのインフルエンザに対する考え方を反映し,リスクのない健康な成人・小児の軽症インフルエンザは,抗ウイルス薬治療の対象としていない。欧米では,インフルエンザ治療は重症化と死亡の防止を目的とし,健康な人は,アセトアミノフェンの投与以外は実施しないのが原則である。WHOガイドラインでは,4種のノイラミニダーゼ阻害薬(Neuraminidase Inhibitor:NAI),オセルタミビル,ザナミビル,ラニナミビル,静注ペラミビルを対象とし,バロキサビルは十分なデータが得られなかったので検討しなかった。詳細については日本感染症学誌に解説した3)

    (2)ハイリスク患者はオセルタミビル治療

    WHOガイドラインでは,インフルエンザ患者を,リスクを有する患者群とリスクのない群に分けて,リスク群全例に,早期のオセルタミビル投与を推奨した。具体的には,インフルエンザと診断された重症患者(入院患者と同意)と,慢性の肺疾患,心疾患など基礎疾患を持つハイリスク患者,65歳以上の高齢者,6歳未満の低年齢小児,妊婦と分娩後2週以内の褥婦,高度の肥満者などを治療対象とした。そのため,たとえば,喘息患者,高齢者,低年齢の乳幼児は,軽症のインフルエンザであっても,オセルタミビルの早期治療対象となる。一方,リスクのない健康人は,重症の場合のみ治療対象となる3)

    なお,欧米では抗インフルエンザ薬は,発症後4~5日を経て,重症化した患者の治療に使用されることが多く,高齢者などハイリスク患者に対する抗ウイルス薬の投与開始時期の遅れが問題となっている。専門家からは,オセルタミビルは,発症早期の軽症インフルエンザ患者が適応であり,発症後,数日を過ぎ,肺炎の合併などで重症化した患者の治療に使用するのは,適応外使用になるという批判が出ていた4)

    (3)オセルタミビルの死亡防止効果を確認

    抗ウイルス薬では,唯一,オセルタミビルの早期投与が勧奨された。一方,ザナミビル,ラニナミビル,静注ペラミビルは「使用しない」とされた。

    WHOガイドラインで最も重要なポイントは,観察研究のデータをもとに,オセルタミビルの重症化と死亡の防止効果が明確にされた点である。8編の観察研究により(n=4725),オセルタミビル治療患者では,インフルエンザの死亡を62%減少させたことが明らかにされた(95%CI:0.19〜0.75)。2編の観察研究では(n=1万4445),入院を35%減少させた(95%CI:0.48〜0.87)。心合併症や,肺炎の合併についてもリスクを低下させた。日本では「抗インフルエンザ薬を使用しても,発熱など症状が短縮するだけで,重症化や死亡を防止しない」という情報が,しばしばマスコミ上に流れるが,それは誤りである。

    (4)オセルタミビル以外は「使用しない」

    オセルタミビル以外のNAIは「使用しない」ことが勧奨された理由は,WHOが重要視するインフルエンザ患者の重症化と死亡の防止効果が不確実,あるいはデータがまったくなかったためである。ただし,オセルタミビル耐性ウイルス(H275Y変異)が流行したときには,耐性ウイルスに有効なザナミビルやラニナミビルを「使用しない」という勧奨は適用されない。それは,オセルタミビル耐性ウイルスの流行時,ラニナミビルが有効であったことが報告されているからである5)。またWHOの委員会では,日本でラニナミビルが,軽症患者の間で広く使用されていることは理解された。

    静注ペラミビルが「使用しない」とされたのは,ペラミビルは,インフルエンザ患者の重症化と死亡の防止効果について,有効性が不確実であったからである。日本では多くの病院で入院患者の治療に使用されているが,WHOでは,ペラミビルは静注で投与できるので,イレウスなどオセルタミビルを内服できない症例や,ザナミビル,ラニナミビルを吸入できない症例に有用と考えられることは理解された。

    またWHOガイドラインでは,インフルエンザ検査として,Reverse Transcription Polymerase chain reaction(RT-PCR)検査のみを認め,RT-PCR検査ができない環境では検査をせず,臨床診断で,直ちにオセルタミビルの投与開始を勧奨した。

    (5)わが国のインフルエンザ診療との比較

    WHOガイドラインでは,リスクない健康成人・小児は,重症化した場合を除いて,抗インフルエンザ薬治療の対象としない。日本のインフルエンザ診療の基本的な考え方は,健康成人・小児を中心に,すべてのインフルエンザ患者を抗インフルエンザ薬で,早期に軽症の段階で治療し,それが結果として,重症化と死亡の防止につながるというものである。日本のインフルエンザ診療は,2009年のA(H1N1)pdm09のパンデミックにおいて,世界で最も少ない死亡者数と妊婦の死亡ゼロを記録した6)7)。日本の死亡が驚異的に少なかったことは世界で知られており,WHOからは高く評価されている8)

    以上,WHOガイドラインは,日本の実情にそぐわない面もあるが,欧米のインフルエンザに対する考え方が明確に出ており,世界のインフルエンザ対策に大きな影響を与えるものである。

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