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【識者の眼】「医療現場で医師は患者に安心感を与えているか?」大野 智

No.5152 (2023年01月21日発行) P.60

大野 智 (島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)

登録日: 2022-12-23

最終更新日: 2022-12-23

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「この先強い揺れが予想されますが、飛行の安全性に影響はありません」

先日、出張で飛行機に乗った際に機内で流れたアナウンスである。本当に影響はないのだろうか? と少し疑う気持ちを抱きながら、数年前に息子が手術を受けたときのことを思い出した。

全身麻酔を受けるための術前診察で麻酔科医から、「挿管に伴う喉の痛み」「歯の損傷」「吐き気」「術後振戦」など、術後に起こりうることに始まり、「低酸素血症」「血圧変動」「アレルギー反応」「血栓症」「悪性高熱症」など、麻酔のリスクについて丁寧に説明された。そのあとの率直な気持ちとしては、息子が危険な状況にさらされてしまうのだと、恐怖感に近い感情が湧き上がった。正直に言えば、手術をせずに何とかならないだろうか? と頭によぎったことを白状する。もし、このタイミングで、怪しい補完代替療法を目の前に差し出されたら、手を出してしまった可能性は否定できない。ちなみに、外科医からは「お父さん、お医者さんでしたよね。どんな手術か詳しく説明しなくても知っていますよね。ちゃちゃっと終わらせちゃいますので、お任せください!」と言われ、インフォームド・コンセントとしては落第点なのかもしれないが、妙な安心感を得たことが忘れられない(※麻酔科医と外科医を比較して良し悪しを判断する意図はないし、インフォームド・コンセントを否定する意図もない旨を申し添える)。

この連載で繰り返し触れているが、患者が補完代替療法に期待しているのは「精神的な希望」が最も多い。裏を返せば医療現場は、患者の希望を奪うことばかりしているのかもしれない。以前、補完代替療法の問題を取り上げたテレビ番組に一緒に出演した患者の立場の方が「医者は患者を不安にさせるようなことしか言わない」と強い口調でコメントしていたことを鮮明に覚えている。

患者の不安に対して医療者がきちんと向き合い、不安を払拭させるような言葉がけをすれば、患者が補完代替療法に惑わされることがなくなるのではないか……。冒頭で紹介した機内アナウンスではないが、医師と患者とのコミュニケーションで何か工夫できることはないだろうか……。

上下左右に大きく揺れる機内で、そんなことを考えながら、予定時刻を過ぎたものの無事に目的地へ到着した。

大野 智(島根大学医学部附属病院臨床研究センター長)[統合医療・補完代替療法

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