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【識者の眼】「2022年サル痘ウイルス感染症の流行の背景とワクチン、LC16m8とMVA」西條政幸

No.5139 (2022年10月22日発行) P.55

西條政幸 (札幌市保健福祉局・保健所医療政策担当部長、国立感染症研究所名誉所員)

登録日: 2022-09-28

最終更新日: 2022-09-28

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2022年5月に欧州の人々の間でサル痘ウイルス感染症(ヒトサル痘)が流行していることが確認され、欧州だけでなく、米国を含むアメリカ大陸諸国、世界各地域でヒトサル痘患者発生が確認されている。

サル痘ウイルスはアフリカ中央部や西部で生息している齧歯類を宿主とする動物由来ウイルスである。米国CDCの発表では2022年9月14日の時点で世界全体で約6万5000人、米国だけで約2万5000人の患者が報告されている。日本国内では5人のヒトサル痘患者が確認されている。患者の多くは男性であり、現在の流行はMSM(men who have sex with men)コミュニティの間で起こっている。性行為感染症的特徴を備えた流行の仕方で広がっている。

ヒトサル痘の予防には痘瘡ワクチンが有効であることが報告されていたが、痘瘡根絶活動に使用されていた痘瘡ワクチンは副反応を誘導するリスクが高く、現在では用いられるべきものではない。しかし、世界には安全性が担保されている第3世代の痘瘡ワクチンが2つ存在する。その1つがMVA(modified vaccinia virus-Ankara)であり、もう1つがLC16m8と呼ばれるワクチンである。前者はVaccinia virus Ankara株をニワトリ細胞で500代以上継代培養して製造されたもので、後者はVaccinia virus Lister株をウサギ腎臓初代細胞で30代以上の回数で、かつ、低温培養で増殖させて得られたものである。LC16m8は(故)橋爪壮博士により日本で開発されたワクチンであり、日本では痘瘡ワクチンとして認可されている。

今回のヒトサル痘の世界規模での流行に備えて、政府機関によりLC16m8がヒトサル痘予防のため使用できるように認められた。曝露後に、つまり、感染早期(発症前)にワクチン接種することでヒトサル痘発症や軽症化が期待されることから、疑い患者が適切に検査を受け迅速に診断され、接触した可能性のある人たちがワクチン接種を受けられるようにすることで、ヒトサル痘流行をコントロールできる。

疑い患者が検査が受けやすい環境や、サル痘ウイルス感染症と診断された患者の接触者がワクチン接種を受けやすい環境を整備するには、患者(疑い患者を含む)が他の病気の患者を同じように受け入れられる社会、排除されない社会である必要がある。サル痘ウイルス感染症はそもそも患者が隔離されるべき病気ではない。欧米ではリスクのある人々においてMVAワクチンが広く接種されている。サル痘流行対策においてはワクチン接種環境整備が最も重要である。

備えあれば憂いなし(憂いを小さくできる)。2014年の西アフリカにおける大規模エボラウイルス病流行、2019年からのCOVID-19流行、2022年からのヒトサル痘の世界規模の流行と、立て続けに動物由来ウイルスによる大規模感染症流行が思いも寄らない(予想されていなかった)形で発生している。次の流行はどんな感染症なのだろうか。これからは起こることが予想される感染症に対して、英知を結集して備えておくことが必要である。

西條政幸(札幌市保健福祉局・保健所医療政策担当部長、国立感染症研究所名誉所員)[痘瘡ワクチン][動物由来ウイルス]

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