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【識者の眼】「乳母・乳兄弟の絆」早川 智

No.5133 (2022年09月10日発行) P.65

早川 智 (日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)

登録日: 2022-08-29

最終更新日: 2022-08-29

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大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が佳境を迎えている。といっても、鎌倉幕府創業の偉人源頼朝の没後、有力御家人やさらに源家内部の骨肉の争いという悲惨な話である。ともに鎌倉殿と正室北条政子の間に生まれた長男頼家と次男実朝そして頼家を推す比企氏と実朝を推す北条氏の間の争いはなぜ凄惨な殺し合いに至ったか。その背景には頼家の乳母が比企能員の妻、実朝の乳母が北条政子の妹阿波の局という背景がある。

もう少し前、院政や摂関政治の朝廷でも両親の血筋と同じくらい乳母の家系は皇族や公家の出世に重要であった。さらに頼朝のライバルで、一時期は平家を京都から追い落としながら九郎判官義経に討たれた木曽義仲に最後まで仕えたのは乳兄弟の今井兼平であったし、はるか後年両親である徳川秀忠、お江夫婦に厭われて危うく世継ぎの地位を失いそうになった徳川家光を大御所家康に直訴して三代将軍としたのは、乳母であった春日局である。何が乳母と乳母子、乳兄弟の絆をつくったのか。

現在WHOは生後6カ月までは母乳を主とする哺育を推奨しているが、母乳には人工乳にない様々な栄養素や免疫抗体が含まれ、新生児、乳児の発育に良い影響を与える。現在問題となっているCOVID-19も妊娠中にワクチン接種を3回以上受けた妊婦では本人の感染や胎児における合併症が予防できるだけでなく、新生児への感染も予防できる。さらに興味深いことに、母乳には1mL当たり105個という大量の細菌と様々なオリゴ糖が含まれ、新生児の腸内細菌叢を形成する。ビフィズス菌やラクトバシルスなどの乳酸菌に加えて、長寿者の腸管に多いAkkermansia muciniphylaのようなマイナーな善玉菌も誘導される。

さらに面白いのは、母乳中に含まれるエクソソームが消化管から吸収され、中枢神経系に取り込まれるという知見である。これが乳児の神経発達に影響を与えるか、あるいはどういう機序によるものかは今後の課題であるが、他にも全身諸臓器のepigeneticsや代謝状態に影響する可能性がある。もちろん、感染症などで母乳哺育が難しい方は現在の人工乳でもかなり代替可能ではあるが、今後栄養素以外の微量物質や細菌叢、エクソソームそしてこれらを介した乳母との絆を解析することでより完全な人工乳が開発できるかもしれない。

早川 智(日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授)[母乳][人工乳]

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