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【識者の眼】「成長産業としての医療ツーリズムへの疑問」鈴木隆雄

No.5132 (2022年09月03日発行) P.58

鈴木隆雄 (Emergency Medical Centerシニア・メディカル・アドバイザー)

登録日: 2022-08-09

最終更新日: 2022-08-09

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政府が医療ツーリズムを成長産業として提案したのはアベノミクスからであろう。現政権だけでなく今年6月には全国紙もそれを提案している。英米には昔から開発途上国の政府要人や金持ちが治療目的で訪れていた。1970年代頃からは主に産油国で、患者が英米へ行く代わりに現地に病院をつくり、医療スタッフはすべて英米とする企業が現れだした。米国の有名医学部などは、分校までつくり運営している。ちなみに、この地域でも庶民用の病院は、医療スタッフが周辺国からの低賃金の出稼ぎであり、歴然たる差が存在する。

一方、トルコから東アジアまで医療水準は世界レベルで、料金は先進国より安い病院がある。ここ30年、情報や人材交流が加速し、医療技術は先進国と開発途上国で差は縮小、医療資機材も世界中差がない中、人件費に差がでる。その結果、先進国の患者は自国の私立病院より料金が安いそれらの病院に向かう。

多くの開発途上国は独裁政権、一党独裁だけでなく、民主政権も汚職の横行で、どの政治体制でも庶民は貧しい生活のまま。それらの地域では緊急患者を受け付ける公立病院ですら、患者は薬を自身で買わなければ手術も受けられないのが大半。

政府や全国紙が提唱する医療ツーリズムとは、どのような患者を対象としているのだろうか。庶民が苦しんでいる国からの政府要人や金持ちがわが国の医療を受けるのを拒否する必要はない。しかし、それを国を挙げて後押しするのはいかがなものか。

そもそも国家予算の半分を国債で賄っているわが国なのに、高額の抗癌剤でも、全国民平等の観点から自費医療は導入しないであろう。コロナワクチンを思い返すと、先進国は競い合うように自国民用にワクチンを奪い合い、世界人口の大半を占める貧しい人たちにはほとんど行き渡らなかった。

政策として政府が掲げるのは、外国の政府要人や金持ち対象の医療ツーリズムではなく、貧しい一般人がまともな医療を受けられるような協力であろう。

鈴木隆雄(Emergency Medical Centerシニア・メディカル・アドバイザー)[医療水準]

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