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【識者の眼】「せん妄の幻覚体験は記憶に残りやすい」上田 諭

No.5107 (2022年03月12日発行) P.58

上田 諭 (戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)

登録日: 2022-03-02

最終更新日: 2022-03-02

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乳腺外科医が術後に女性患者にわいせつ行為をした罪に問われた最高裁判決が今年2月18日に出された。一審無罪後、二審高裁が出した実刑判決を破棄し、差し戻し、裁判のやり直しが命じられた。もめているのは、「医師に乳房をなめられ自慰された」という女性の訴えが術後せん妄による幻覚かどうかという医学的問題があるからだ。

一審は、麻酔薬や術後の痛みによるせん妄が性的な幻覚を生じさせた可能性を否定できないとした。二審では、検察側証人の精神科医が、せん妄はアルコールによる酩酊と同様とする独自の理論から、「ほろ酔い」状態時に受けた性被害は現実であり幻覚ではない旨を証言した。被害時、女性が助けを求めるLINEを発信しており、目的にかなった行動ができている点も強調された。高裁判決はその主張を認めたが、最高裁はこの証言を、「医学的に一般的なものではない(ことが相当程度うかがわれる)」と批判した。

せん妄は意識障害であり、せん妄が起きている間に体験したことを覚えていないのが典型的だ。しかし臨床的には、うっすらとあるいは断片的に残っている記憶を語る患者は少なくない。特に、ありえないものが見えたり聞こえたりする幻覚の体験は、その内容を具体的、明瞭に覚えている例がよくみられる。せん妄から離脱後に、医療者から現実には起きていなかったことを説明しても、その記憶を修正するのは簡単ではない。本人に疑いの気持ちがない限り、幻覚は本人にとって「真実」の体験となる。年齢が若いほどその傾向は強いように思われる。

一般的にみればせん妄の可能性が高いとはいえ、この裁判の女性の被害が本当は現実なのかせん妄だったのか、を明確に言うことはできない。ただし、せん妄の幻覚であっても女性にとっては「真実」であり、その苦悩は変わらない。

上田 諭(戸田中央総合病院メンタルヘルス科部長)[せん妄と記憶]

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